26 / 69
第26話
(side.冴木)
ーーーー初めての感情に、戸惑っている。
それが、今の正直な気持ちだ。
最初に、屋上で聞いた歌声がはじまり。
「〜〜〜♪〜」
あんなに綺麗な歌、俺は聞いたことがなかったから。
楽しそうで、幸せそうで、透き通った歌声。
その澄んだ歌声は、どこまでも、どこまでも響き渡っていくようで。
たった一度で魅了された。
けれど、それと同時に。
なんだか、消えてしまいそうだな、とも思った。
だからこそ、気になりながらも、下を覗き込むことはできなかった。
向こうは、わざわざ給水塔の上まで登っているこちらには気づいていないだろうし。
俺がじっとしていれば、いつまでもこの声がきけるんじゃないかって、そう思って。
春が終わって、夏が終わって、秋が終わって、冬が来て。
それでも俺は飽きずに屋上に通う。
確かに屋上は俺の休憩場所だったけど。
こんなクソ寒い時期にまで足を運ぶことになるとは思いもしなかった。
それでも、あの綺麗な歌声に囚われてしまったのだから、どうしようもない。
いつだって変わらず、いつのまにか現れて、いつのまにか、消えているその声が。
………天使の歌声なんじゃないか、なんて。
「………さっむ、ポエマーかよ」
そんな、らしくもないことまで思ってしまうほど、俺はその声に、魅入られていたんだから。
だから、あの日。
柵の上に腰掛けるあいつの後ろ姿を見た時。
ーーーーいってしまう。
そんなことを、考えた。
………まぁ、俺の勘違いだったわけなんだが。
そして知った、あの歌声の持ち主は、一年の綺羅 愛だった。
ーーーまぁ、端的に言って、予想外。
今年になってから聞こえ始めたから、一年なのはなんとなく予想できたけど。
まさか綺羅だとは思わなかった。
俺は一年の数学を受け持っていたから、一年は、それなりに知っている。
顔をおおう前髪。
常に俯いた顔。
丸まった背中。
ーーーこの3つが綺羅の特徴で。
あいつは職員室でも話題になっていた。
「いや〜、今年の生徒はアクが強いな…」
「あ、わかります、綺羅くんですよね?」
「え?綺羅?大人しいけど、そんなに問題ある子かな?」
「だって、当てても絶対に答えてくれませんよね?」
「え?そんなことないよ?」
「は?俺のとこでも答えてなかったぞ」
「「「え?」」」
ここでわかったのは、綺羅は"黒板で答える"ものには答えるが、"声を出して"答えることがない、ということ。
つまり、あいつは"声"を出さないらしい。
担任曰く、教室でも一度も喋ったことがない、ということで。
…実際あいつは屋上でも俺の言葉に反応しなかった。
ーーーなのに、"天使"は綺羅だったわけで。
「よっくわかんねぇなぁ……」
結局、行き着くのはそこ。
授業中の綺羅は、俯いているから、聞いているんだかいないんだかわからない、という印象。
でも、成績に問題があるわけでもない。
いやむしろ、滅茶苦茶いい。
だから俺は今まで、綺羅のことをあまり気にしてこなかった。
だから綺羅のことは、ほとんど知らない。
それでも。
あの楽しそうな声と、いつも俯いている"喋らない"綺羅。
その2つは俺の中では全く結びつかなくて。
それから無性に、俺は綺羅のことを目で追うようになってしまっていた。
そうして、知ったことがいくつかある。
意外と、授業は聞いていること。
字が綺麗なこと。
周囲の視線が極端に集中すると、体がすこし強張ること。
ーーー教室ではなんだか、"息苦しそう"なこと。
その全てが、気になって仕方がない自分がいて。
だから俺は、居眠りなんてそう珍しくもないものを言い訳に。
「放課後、数学準備室にくるように。」
あいつとの、接点を持とうとした。
ともだちにシェアしよう!