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第29話
ーーーーー昼休み、中庭。
「やっぱ綺羅って最近明るくなったよね」
ふと告げられたその言葉に、もぐもぐと食べ物を咀嚼していた口が止まる。
…………あかるく、なった?
よくわからなくて、ゆるりと首をかしげる。
「なんか、前髪あげたってのもあるとは思うんだけど、そうじゃなくて、なんかこう………柔らかく、なった?」
やわらかく、なった……?
そういわれても、自分ではピンとこない。
……まぁ、いっか。
あきらめて、咀嚼を再開する。
黒崎くんも、なんとなく言っただけだったみたいで、曖昧に笑ってその話は終わった。
今日も先生が作ってくれたお弁当を、黒崎くんと食べる。
これは、ここ最近の日課になっていた。
ここに、黒崎くんのお友達が、まざったりまざらなかったり。
他の人がいるならともかく、二人だけなんてつまらなくないのかな?って、いつも思うのだけれど、黒崎くんは『俺は綺羅と食べたいから』って言ってくれる。
ここ数日で、自分の好物だとわかった卵焼きをゆっくりとかみしめた。
…………おいしい、なぁ。
この味が、なんの調味料の味か、とかはやっぱりわからなくて。
"あまい、からい、にがい、しょっぱい"みたいな、おおざっぱな味の違いしかわからない。でも、おいしい。
「そーー、それ!!!やっぱ、その感じ。ほわほわしてるよなぁ………」
そういうと、黒崎くんはわしわしと僕の頭をなでる。
ーーー先生とはちがって、少し力強くて荒い撫で方。
最近になって、僕はようやくそれを違和感なく受け入れられるようになっていた。
それどころか、ちょっと安心していたり。
………けれど、それはやっぱり、先生の時の"安心感"とは違う。
なにがちがうんだろう、って考えてもよくわからないけれど、何かが違うのは確かで。
先生のことも、黒崎くんのことも、好きだけれど。
その"好き"だって、なんだかベクトルがちがう気がする。
そうやって、もやもやしているあいだに、お弁当は空っぽになってしまった。
その空き箱を、先生がそうしてくれたように、丁寧に包んでいく。
「………あと、気になってたんだけどさ」
「……………?」
なんだか、黒崎くんの声が低くなったような気がして。
ちらり、黒崎くんを伺う。
その目は、じぃっとお弁当箱を見つめていた。
「……綺羅が、前髪あげ始めたのと、そのお弁当って、なにか関係あったりする?」
突然の、核心を突く質問に。
ぴくり、肩が揺れてしまったけれど、黒崎くんの視線は、お弁当に注がれたまんま。
………突然、どうして?
黒崎くんは、………ううん、クラスの人は皆、僕が突然かわったことについて、なにも聞いてこなかった。
だから、気にしてないと思っていた。
どくん、どくん。
背中に、いやなあせがつたう。
は、とぼくの口から吐息がこぼれた。
けれど、追及するこえは、とまらない。
「綺羅が、かわろうとしてるのは、しはじめたのは」
そこではじめて、黒崎くんはお弁当から目をはなして。
かちり、視線がかさなる。
ふしぜんに、静かな瞳。
………その目にうかぶ、感情がわからない。
「これをつくった人が、原因?」
「ッ………」
「………そっか」
何も言わなくても、わかってしまったらしい、答え。
……どうして、そんなことを聞くの。
もし、先生と僕の関係が、ばれたら…?
カタカタと体が震える。
「あぁ、ごめんね。綺羅のこと、怯えさせるつもりはなかったんだけど、ごめん」
けれど、その不安とは裏腹に、黒崎くんはその視線を柔らかいものに変えた。それに、ほっ、と体の力を抜く。
「たださ、俺、たぶん後悔してるんだよね」
「……?」
………こうかい?
話の展開についていけなくて、目を瞬かせる。
「まぁ、それでも、たとえ今過去に戻れたとしたって、俺は同じ選択しかできないんだろうけどね」
………?かこ?
せんたく?
……なんの、話をしているんだろう。
なんだか辛そうな表情で話す黒崎くんは、けれど、僕から視線を外さない。
「俺さ、"あのとき"から綺羅から目が離せないんだよね。……ちがうか、きっかけだっただけで、正確にはもっと前から、綺羅のこと、気になってしょうがなかったんだ」
あのときって?
きになる?ぼくが?
わからないこと、いいたいことはたくさんあって。なんて言ったらいいのか迷うけれど。
どこか遠くを見つめながら話す黒崎くんは、ぼくの言葉を求めているわけではないみたい。
「綺羅とさ、他の奴ら、おんなじ友達のはずなのにさ、違うんだ。向けてる感情の種類が、きっと」
どこかで、聞いたようなことば。
「最初は、同情かな?とか、物珍しさかなって、そう思ってた。けどさ、きっとちがうんだよな。
最近さ、綺羅が明るくなって、幸せそうでさ、嬉しいよ。良かったなって思う」
黒崎くんの言葉は、なんだか断片的で、よくわからない。
「でもさ、多分俺、同じくらい、悔しいんだよな。ごめんな、こんなこと言われてもよく分からないよな。」
うれしいけど、くやしい?
その、複雑な感情は、ぼくにはすこし、難しくて。
だけど。
そういって、黒崎くんが、泣きそうな顔をするから。
それなのに、やっぱり僕から、目を離さないから。
「…………」
よくわかっていないのは、確かだけれど。
ここでするべきなのは、頷くことではなくて。
……ぽすり。
手を、伸ばすことな気がして。
ふわ、ふわ。
初めてぼくは、自分から黒崎くんにふれて。
先生がぼくにしてくれたように、頭をゆっくりなでた。
「…………!」
黒崎くんの目が、くしゃり、と細められて、さらに泣きそうな顔になる。
……間違えちゃった、かなぁ?
そう思うけれど、次の瞬間。
ぎゅっ。
黒崎くんに、つよく、つよく抱きしめられた。
「…………?!」
な、なに……?!
なにが、おこってるの!?
ふ、と、黒崎くんの吐息が、耳にかかる。
ぞわ。
よみがえる、悪寒。
……この距離は、先生いがいには、まだむずかしいみたいで。
はやく離れたい、なんて思ってしまう。
「やっぱり、そうだ…………。
………………俺さ、綺羅のこと、好きみたい。」
「…………?」
たっぷり間をあけて、紡がれた、そのことば。
嬉しいけれど、急にどうしたんだろう。
それをつたえるのに、僕を抱きしめた意味がわからなくて、黒崎くんの表情を見ようと顔を上げたところで。
「…………!」
思わず、息を詰めてしまう。
瞳にうつるぼくさえ見えるほどの距離に、黒崎くんの顔は、あって。
ーーーその瞳が、あまりにも苦しそうに揺れていたから。
『…………どう、したの…?』
口の動きだけで、そうたずねる。
黒崎くんは、迷うように瞳をさまよわせて、けれどすぐに、その焦点はもう一度ぼくに当てられる。
「………綺羅、俺さ、わかったんだよ。綺羅と、他の奴らとの違い。
………多分俺さ、"恋愛"的に、綺羅のことが好きなんだ。」
そのことばに、どくん、と心臓が大きく脈打った。
れん、あい……?
すき、の違い……?
僕には、"れんあい"は、わからない。
わからない、はずなのだけれど。
ーーーーなぜか、頭の中で。
カチリ、パズルのピースがはまった音が聞こえた、ような気がした。
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