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第33話

フラフラと、人気のない夜道をひたすらに歩いて行く。 時々すれ違うひとはみんな、ぼくを見て一瞬ぎょっとした顔をするけれど、誰も声をかけてきたりはしない。 …………それはそうだ、"ふつうじゃない"ものに、進んで関わりたいひとなんて、きっといない。 そう考えて、ちらりと頭によぎったのは、先生の顔。 ズキリと、心臓が鈍く痛んだ。 ぎゅうっと、服の上から胸を押さえる。 冷え切った手は、凍るように冷たくて、その感触すらあいまいで。 長い時間、歩き続けた足も冷え切って、感覚がまひしてしまっている。 ………こころも、おんなじようにまひしてくれたらいいのになぁ。 そしたら、くるしくない。 何も考えなくて、いい。 目的地も、行きたいところもないまま、歩き続ける。 …………できるだけ先生から遠いところへ。 ただそれだけを、かんがえて。 だって、すこしでも近くにいたら、きっとまた甘えてしまう。 すがってしまう。 ーーーーーー今度こそきっと、この、今にもあふれそうな"すき"を、直接、伝えてしまうから。 あれだけ幸せにしてもらったんだから、ぼくにできるせめてものお返しは、先生の幸せをこれ以上壊さないことで。 きっと、もう一生ぶんの、幸せをもらったから。 もう、大丈夫。 もとに、もどるだけ。 本当は、あるはずのないものだったんだから。 そのはず、なのに。 「……………………ふ、ぇ……」 痛み続ける心臓は、うったえる。 ーーー苦しい。 はなれたくない。 いっしょにいたい。 抱きしめて、ほしい。 …………くるしい、よ。 フラフラあてもなく歩いていたはずなのに、気が付けば当たり前のように、自分の"家"の近くまで来てしまっていた。 …………なに、やってるんだろう。 わかってる。 ここはもう、ぼくの"帰る場所"じゃない。 だけど、それでも、ぼくには、ここしか来る場所がない。 ゆっくりと階段をのぼって、部屋へと近づいていく。 てっきり真っ暗だと思っていた部屋からは、明かりが漏れていた。 「…………!」 ーーーーまだ、オトコノヒトは、ここにいるの………? 電気も、お水も、お湯も、なにもなかったのに? どうして? ……それとも、ぼくがでていったから、"もとにもどった"? 「………………!」 けれど、事態はそんなに甘くないことは、すぐにわかって。 目の前に飛び込んで来た、表札。 ついこの間まで、"綺羅"だったはずのそこにあるのは。 ーーー"神田"の文字。 ストン、足から力が抜けて、その場にうずくまった。 「………………はは。」 口から乾いた笑いがこぼれる。 …………あぁ、本当に。 本当に、"捨てられてしまった"んだね。 オトコノヒトは、もう。 本当に、全部全部、捨ててしまったんだね。 もうここは、ほかのひとのもので。 思い出の残骸すら、残ってはいなくて。 ーーーーーそれならいっそ、ぼくごと消えてしまったら? そんな考えが、あたまを過ぎる。 "つらい"と思ったことはあっても、こんなことを考えたのは、はじめてで。 自分で自分の考えに、ゾッとした。 『命を軽々しく扱う奴の気持ちは、まじでわかんねぇわ。ばっかじゃねぇの』 最初に、先生に言われた言葉を思い出す。 …………今のぼくを見られたら、怒られちゃうのかな。 わかってる、ぼくがいま考えているのは、きっと馬鹿みたいなことで。 けれど、じゃあ、ぼくはどうしたらいいのかな。 生きていたとして、一体誰が得をするの? そんなひと、思いつかない。 …………それで、じゃあ、一体何人のひとが、損を、するの? きっと、そのひとのほうが、ずっと多い。 だって、みんな、ぼくがいて、迷惑しているのに。 もう、頭の中がぐちゃぐちゃで、わけがわからなくて。 ……あのとき、先生と出会わなければ。 先生が、ぼくをすくったりなんてしなければ。 ぼくは、もしかしたら、もう死んでいた、のかもしれないけれど。 それでもたぶん、ぼくは歌と空さえあれば"大丈夫"だって、そう思って入られたはずで。 …………きっと、"死にたい"だなんて、思いはしなかっただろうな。なんて。 そんな、恨み言みたいなことを思ってしまうことも、苦しくて。 ちらり、自分の後ろを振り返る。 ここは、アパートの6階で、つまり、それなりに、高い。 …………ここから、飛び降り、たら。 ーーーーー全部終われる、かなぁ? 荷物から、手を放す。 床に落ちた、そう多くはないはず荷物は、けれどドサリと、思ったよりも大きな音をたてた。 柵に、腰かけて、最後にと空を見上げる。 あんなに好きだった、そら。 "すくい"だったはずの、それ。 「…………。」 けれど、今はなんの感情も、おこらない。 うただって、歌いたいなんて、おもえない。 だって、僕が今歌を聴いてほしい相手は、空じゃない。 ーーーーー『綺羅』 もうだめだって、わかってるのになぁ。 頭が勝手に思い浮かべてしまう。 ……"聞かせよう"としたって、歌えないくせに。 空を見上げて、柵に腰掛けた。 その状況は、先生と出会ったあの時と、酷似していて。 何も持っていないのは、あの時と同じなのに。 あのときと、今では全然ちがう。 ……あのときのぼくは。 きっと、"しあわせ"でも、"不幸"でもなかったんだって、今ならわかる。 どうしてかな、あのときのほうが、本当になにもなかったのに。知らなかったのに。 そう思う一方で。 なにもなかったからこそ、なにも思わずにすんだんだろうなぁ、とも思う。 だから、"しあわせ"を知ってしまったから。 こんなにもぼくの胸は傷んで、涙は、とまらないんだろう。 ーーーー同じ、状況。 でも、"始まり"の反対の"おわり"としては、ちょうどいい、のかもしれない。 そのまま、ゆっくりと前方に重心を傾ける。 …死ねなかったら、いたいだろうなぁ。 なんて考えて、目を閉じたぼくの体を。 「…………危ないよ」 誰かが、後ろから、抱きとめた。

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