34 / 69

第34話

力強く引き戻された腕。 一瞬。 「………………ッ!?」 先生なんじゃ。 そんな甘い期待がよぎるけれど。 振り返った先にあったのは。 「………………!きみ……」 あおとは似ても似つかない、翠色の、ひとみ。 『え…………?』 そこにあったのは、鏡で見なれた自分にそっくりな、顔。 僕を見て、わずかに見開かれたひとみ。 けれどそれはすぐにもとの表情にもどった。 「そんなところにいちゃ、あぶないよ。こっちにおいで」 殊更に優しそうな声で、柔らかく語りかけてくるこのひとは、だれ。 ほんとうに、きみが悪いほどに、そっくりな顔。 ぼくよりほんの僅かに切れ長なひとみと、ぼくよりも大きな体だけが、ぼくたちをかろうじて別物にしているけれど。 ーーーーーぼくが、成長したら、そんな風になるだろうなって、そんな容貌。 とっさに逃げようとするぼくを、けれどその人はいとも簡単に抱き上げて、部屋の中へとつれていく。 …………いやだ。 黒崎くんに触られた時ともちがう、もっとずっと圧倒的な嫌悪感。 なんだろう、わからないけれど。 …………このひとは、なんだか、ダメな気がする。 「こんなに冷え切って、風邪ひいちゃうよ。ほら、適当にどこかに座ってて。なにか羽織るものとってくるから」 優しい声、優しい顔、優しい言葉。 それなのに、そのどれもに、どこか違和感があって。 どうして自分とそっくりなぼくの顔をみているはずなのに、どうして、そんなに普通なの? どうして見知らぬぼくを、当然のように家にいれるの? 全部がふしぜんで。 それに。 あの人と目があったとき。 オトコノヒトに、目を見られてしまった時、声を聞かれてしまった時と、同じような感覚がした。 心臓を、わしずかみにされたような、いきが、くるしいような、そんな感覚。 すごく、いやな予感。 だから、あのひとが取りに行っている間に、にげてしまいたいのに。 「……!」 いろんなことが、ありすぎて、震える体はろくに動かなくて。 それでもどうにか立とうともがくと、ぺしゃりと床にへたり込んでしまう。 そして、気付く。 家具も、雰囲気も違うからわからなかったけれど。 …………ここは、前に僕が住んでいた部屋……? 「あらら、だから座っててって言ったのに。大丈夫だよ、何もしないよ?」 「!」 その声に、びくりと肩がふるえる。 「ほら、これ着て?」 そういって、僕にカーディガンをかぶせて、もう一度ソファーに座らせる。 そこで、改めて目があった。 …………あぁ、そっか。 このひと、目が"笑ってない"んだ。 「うーーん………。そんなに警戒されちゃうと、なんだか悲しいんだけどなぁ。…………あ!そうだ、自己紹介してなかったね。」 神田です、はじめまして。 そう言ってさらに笑みを深める、神田さん。 僕は返事もしないし、表情すら変えていないのに、気にした様子はない。 「いやぁ、でも、びっくりしたよ。なにか物が落ちたみたいな音がしたから、廊下に出てみたら、男の子が落ちそうになってるし。 ……ねぇ、あれって、飛び降りようとしてた、よね……?」 その言葉に、ピクリと肩がふるえてしまう。 その様子を見て、神田さんの目が、弧を描く。 「……やっぱりそうなんだ。じゃあきみ、自殺しようとしてたんだよね? ……だったらさ、どうせ死ぬなら、僕に利用されてから死んでくれないかな。 どっちでもさ、君にとっては、同じことでしょう?」 なら、ぼくの役に立ってからにしてほしいんだよね。 そのことばに、その笑顔に。 体の奥から、ぞわぞわとした寒気がこみあげてくる。 …………このひと、こわい。 恐怖で、からだの震えが酷くなる。 呼吸も、荒くなっていく。 一歩でも神田さんから離れていたくて。 じりじりと、ソファーの上であとずさっていく。 神田さんはそれをみて、ひとみの温度をより一層下げた。 「…………いちいちめんどくさいなぁ、もう。死のうとしてたくせに、このくらいでびびんないでよ。べつに殺そうってわけじゃないし。…………いまのところは、ね」 それに、死にたいなら、殺されたって構わないはずでしょう? そう話す神田さんは、"至極当たり前のことを言っている"という顔をしている。 たしかに、死のうとしていたぼくが、おびえるなんていうのは矛盾しているのかもしれない。 どうせ死ぬなら役にたてよっていう言葉も、間違ってはいないのかもしれないけれど。 ……………おなじへや、おなじかお、おなじ目の色。 …利用する、ということば。 これって、本当に偶然なのかな。 どうしても、そんな考えがよぎって。 なんて。 かんがえても、しょうがないのだけれど。 だって、もう僕にはどうしようもない。 「ねぇ、僕に利用されてくれるでしょ、"綺羅くん"?」 「………………?!」 「はは、やっぱ"あたり"、だね。よかったぁ」 どうして、僕の名前。 固まるぼくに、上機嫌にじりじりと近付いてくる、ぼくとそっくりなかお。 「ね?仲良くしようよ。悪いようにはしないよ?」 のびた、てが。 ぼくにふれる、その瞬間。 ーーーーーーピーーーンポーーーン。 インターフォンの音が鳴り響いた。

ともだちにシェアしよう!