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第34話
力強く引き戻された腕。
一瞬。
「………………ッ!?」
先生なんじゃ。
そんな甘い期待がよぎるけれど。
振り返った先にあったのは。
「………………!きみ……」
あおとは似ても似つかない、翠色の、ひとみ。
『え…………?』
そこにあったのは、鏡で見なれた自分にそっくりな、顔。
僕を見て、わずかに見開かれたひとみ。
けれどそれはすぐにもとの表情にもどった。
「そんなところにいちゃ、あぶないよ。こっちにおいで」
殊更に優しそうな声で、柔らかく語りかけてくるこのひとは、だれ。
ほんとうに、きみが悪いほどに、そっくりな顔。
ぼくよりほんの僅かに切れ長なひとみと、ぼくよりも大きな体だけが、ぼくたちをかろうじて別物にしているけれど。
ーーーーーぼくが、成長したら、そんな風になるだろうなって、そんな容貌。
とっさに逃げようとするぼくを、けれどその人はいとも簡単に抱き上げて、部屋の中へとつれていく。
…………いやだ。
黒崎くんに触られた時ともちがう、もっとずっと圧倒的な嫌悪感。
なんだろう、わからないけれど。
…………このひとは、なんだか、ダメな気がする。
「こんなに冷え切って、風邪ひいちゃうよ。ほら、適当にどこかに座ってて。なにか羽織るものとってくるから」
優しい声、優しい顔、優しい言葉。
それなのに、そのどれもに、どこか違和感があって。
どうして自分とそっくりなぼくの顔をみているはずなのに、どうして、そんなに普通なの?
どうして見知らぬぼくを、当然のように家にいれるの?
全部がふしぜんで。
それに。
あの人と目があったとき。
オトコノヒトに、目を見られてしまった時、声を聞かれてしまった時と、同じような感覚がした。
心臓を、わしずかみにされたような、いきが、くるしいような、そんな感覚。
すごく、いやな予感。
だから、あのひとが取りに行っている間に、にげてしまいたいのに。
「……!」
いろんなことが、ありすぎて、震える体はろくに動かなくて。
それでもどうにか立とうともがくと、ぺしゃりと床にへたり込んでしまう。
そして、気付く。
家具も、雰囲気も違うからわからなかったけれど。
…………ここは、前に僕が住んでいた部屋……?
「あらら、だから座っててって言ったのに。大丈夫だよ、何もしないよ?」
「!」
その声に、びくりと肩がふるえる。
「ほら、これ着て?」
そういって、僕にカーディガンをかぶせて、もう一度ソファーに座らせる。
そこで、改めて目があった。
…………あぁ、そっか。
このひと、目が"笑ってない"んだ。
「うーーん………。そんなに警戒されちゃうと、なんだか悲しいんだけどなぁ。…………あ!そうだ、自己紹介してなかったね。」
神田です、はじめまして。
そう言ってさらに笑みを深める、神田さん。
僕は返事もしないし、表情すら変えていないのに、気にした様子はない。
「いやぁ、でも、びっくりしたよ。なにか物が落ちたみたいな音がしたから、廊下に出てみたら、男の子が落ちそうになってるし。
……ねぇ、あれって、飛び降りようとしてた、よね……?」
その言葉に、ピクリと肩がふるえてしまう。
その様子を見て、神田さんの目が、弧を描く。
「……やっぱりそうなんだ。じゃあきみ、自殺しようとしてたんだよね?
……だったらさ、どうせ死ぬなら、僕に利用されてから死んでくれないかな。
どっちでもさ、君にとっては、同じことでしょう?」
なら、ぼくの役に立ってからにしてほしいんだよね。
そのことばに、その笑顔に。
体の奥から、ぞわぞわとした寒気がこみあげてくる。
…………このひと、こわい。
恐怖で、からだの震えが酷くなる。
呼吸も、荒くなっていく。
一歩でも神田さんから離れていたくて。
じりじりと、ソファーの上であとずさっていく。
神田さんはそれをみて、ひとみの温度をより一層下げた。
「…………いちいちめんどくさいなぁ、もう。死のうとしてたくせに、このくらいでびびんないでよ。べつに殺そうってわけじゃないし。…………いまのところは、ね」
それに、死にたいなら、殺されたって構わないはずでしょう?
そう話す神田さんは、"至極当たり前のことを言っている"という顔をしている。
たしかに、死のうとしていたぼくが、おびえるなんていうのは矛盾しているのかもしれない。
どうせ死ぬなら役にたてよっていう言葉も、間違ってはいないのかもしれないけれど。
……………おなじへや、おなじかお、おなじ目の色。
…利用する、ということば。
これって、本当に偶然なのかな。
どうしても、そんな考えがよぎって。
なんて。
かんがえても、しょうがないのだけれど。
だって、もう僕にはどうしようもない。
「ねぇ、僕に利用されてくれるでしょ、"綺羅くん"?」
「………………?!」
「はは、やっぱ"あたり"、だね。よかったぁ」
どうして、僕の名前。
固まるぼくに、上機嫌にじりじりと近付いてくる、ぼくとそっくりなかお。
「ね?仲良くしようよ。悪いようにはしないよ?」
のびた、てが。
ぼくにふれる、その瞬間。
ーーーーーーピーーーンポーーーン。
インターフォンの音が鳴り響いた。
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