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第35話
(side.冴木)
ーーーーことばでは表せないほどに、後悔していた。
どうして、目を離してしまったのか。
どうして、あんな態度を取ってしまったのか。
ーーーどうして、自分の感情から、逃げようとしたのか。
これで、もし、綺羅に何かあったら。
そう思うだけで、胸が張り裂けそうで。
「くそっ…………!」
焦りと苛立ちに任せて、アクセルを力強く踏み込んだ。
ーーーーーーーー
それは、昼休みのこと。
「…………しかし、最近こねぇな」
屋上で弁当を食べながら、ひとりごちる。
どうにも、綺羅のことが気になって、しょうがない。
なにをしていても、ふとよぎるのは綺羅にたいする心配。
食欲もあまり起きなくて、行儀悪くおかずをつついては、手を止める。
綺羅のことを考えて作るようになった弁当は、我ながらなかなかの出来ではあるのだが。
綺羅は、クラスのやつと関わるようになってから、屋上に姿を見せなくなった。
それは、つまり、それだけうまくいっている、とういうことで。
あそこも、前ほど"息苦しく"ないということなんだろう。
嬉しい。良かった。
あいつが自分の居場所を1つでも増やせるなら、それに越したことはない。
…………そう、思うのに。
「………………」
どこか胸の奥が、もやもやする。
なんでだ。
もっと、純粋に喜んでやるべきだろ。
理性がそう囁く一方で。
綺羅が、学校であったことを嬉しそうに話す度、嬉しそうに笑う度。
心のどこかで。
"羨ましい"
そう、思ってしまう。
逆に、俺の言動で、綺羅の顔が綻ぶのを見れば。
こころが、満たされる。
俺まで嬉しくなって、もっと喜ばせてやりたくなる。
何でもしてやりたくなる。
………………こんなの、まるで。
そこまで考えて、ハッとした。
俺は、一体なにを考えているんだ。
……相手は、こどもだぞ。
それも、俺が保護している。
「………………あ〜〜〜〜、クソ」
頭をグシャグシャにかき乱し、ポケットから煙草を取り出して、火をつける。
綺羅が家にきてから、吸わなくなったそれ。
でも今は、落ち着くことが先決。
久しぶりに煙を思い切り吸い込んで、吐き出した。 吸い込んだ苦味は、思考と混じって、霧散していく。
「…………はー……」
一息ついて、幾分かクリアになった思考で、下を見下ろしたのは、ほんの気まぐれ。
「………………!」
そこで、視界に入ったのは。
黒崎に抱きしめられている、あいつ。
さすがに、何を話しているのかはわからないけれど。
その、光景に。
ーーードクリ。
心臓が、軋んだ。
2人は、随分と長い間、抱き合ってから。
やがて、ゆっくりと体を離した。
ーーーー触るな。
そう、思ってしまった自分に、動揺する。
しばらく、ただただ呆然と、立ち尽くしていた。
…………俺は、何を考えた?
鳴り響いた5限の予鈴に、慌てて踵を返したけれど。
それからずっと、心臓は早く脈打ったままで。
ーーーー家に帰ってからも。
自分の感情が、自分の手に余って。
口を開けば、綺羅に良からぬことを言ってしまいそうで。
ただ、黙々と作業をこなしていく。
綺羅が、何か言いたそうなのは、分かっていたのに。
………………そのことが、黒崎のことについてだったら、と考えたら、怖くて。
もし、黒崎とのことを、綺羅が話したら。
……冷静で、いられる自信がなかった。
俺は、"綺羅を傷つけてしまいそう"、なんて言い訳を盾に、綺羅から目を背け続けた。
ようやく正気にかえったのは、眠っている綺羅の、涙を見たときで。
ほろほろと涙をこぼしながら、俺の手を、弱々しく、けれどしっかりと握った綺羅に、胸がきゅうっと、締め付けられた。
…………俺は、なにやってんだ。
虐待されて、しいたげられてきた、綺羅。
そんな綺羅が、自分の感情を曝け出すこと、甘えること、話そうとすること、手を伸ばすこと。
それがどれだけ難しいか。
……わかっていた、はずなのに。
その上で、俺に心を許してくれたことを、嬉しいと思っていたはずなのに。
綺羅を幸せにしたいって、そう思っていたはずなのに。
自分の感情を制御できず、本懐を忘れるなんて。
守りたい、なんていいながら、俺は結局、自分の感情ばっかりじゃねぇか。
……今日の俺の行動は、どれだけ綺羅を不安にさせたか、想像するだけで、自分に怒りが湧いてくる。
綺羅、ごめん、ほんとうに。
「……ごめんな」
腕に絡む綺羅の手を、そっと外した。
頭を、冷やそう。
このままじゃ、だめだ。
はやく、"いつも通り"の俺に戻らないと。
"綺羅が安心できる場所"で、あり続けるために。
そう思って、しばらく散歩して帰ってきたとき。
「………………は?」
部屋の中はもぬけの殻で。
そこにはもう、綺羅も、荷物さえ、何もなくて。
慌ててシーツに触れれば、そこはもう温もりを失って、冷え切っていた。
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