38 / 69
第38話
…………ち、ちおや?
神田さんから言われたそのことばの意味が理解できたのは、随分たってからで。
ーーーぶわり。
理解すると同時にぼくのなかのなにかが、あふれたきがした。
ちちおや。
おとうさん。
……ぼくの、おとうさん?
ーーー『お前なんて、俺の子供じゃねぇよ!!!』
オトコノヒトの、ことばが、あたまのなかで反響した。
…………そっか、あれは"本当"だったんだね。
あれ?でも、セイブツガクジョウ?
じゃあ、別の意味では、この人もおとうさんじゃない?
そもそもどうして、ぼくはオトコノヒトと一緒にくらしてたの?
あたまが、ぐるぐるする。
もう、なにがなんだかわからない。
「ちち、おや…………?」
そうつぶやいた、先生の唖然とした声も、どこか遠くにかんじる。
「そうですよ。僕と綺羅くん、顔、そっくりでしょう?わけあって、バラバラに暮らしてたんですけど、そういうわけなので」
綺羅くん、渡してもらえます?
その声は、さっきよりも近くで聞こえた。
さらに近付く、けはい。
そのてが、
せなかに触れるのがわかって。
やだ。
さわらないで。
全身で先生にしがみつく。
「綺羅くん、こっちにおいで?」
その声が聞こえたのは、本当に、ぼくのすぐちかくで。
きもちわるくて、肌がぶわりと粟立つ。
い
や
だ
どうしてそんなに、ぼくにこだわるの?
"利用"するため?
"利用"って、なにに?
なんのために?
こんがらがって、わけがわからない。
おとうさん?
オトコノヒト?
カンダサン?
ちちおや?
頭のなかは、ぐちゃぐちゃで。
今までの、オトコノヒトの、ことば。
神田さんの、ひょうじょう、ことば。
ぜんぶが、あたまのなかで、さらにぐちゃぐちゃにまざって。
「………ハッ、」
「……!おい、綺羅?」
息が、くるしい。
ぜんぶぜんぶ、わからない。
わかるのは、このままだと、先生と離されちゃうかもしれないって、ただそれだけ。
「…………ハァ、ハッ…………ゃ……」
「…………綺羅……?大丈夫か……?」
けれど。
だから。
「いやっっ!!!!!!!!」
「ッ!?」
唐突に響き渡ったのは。
近所に、廊下に、響き渡ってもおかしくないくらい、大きな、こえ。
……これは、誰の声?
「いやっ!!!いや!!!!!やだ!!!!!
もうやだ!!!!!!!!!!」
そのこえは、止まらない。
……あれ?
ぼく、今、なにしてるんだろう。
喉が痛くて、いきがくるしい、きがする。
……どうして?
「綺羅っ!きら!」
まわりがぜんぶ、とおいきがして。
「………ッ、は、やだぁ……!!」
「とりあえず、落ち着け!」
「ふっ、はぁっ……!も、やだっ!!!!」
ぜんぶぜんぶが、ごちゃごちゃで。
なんにも、わからない。
「………ッ」
そこで、突然視界がまっくらになって。
音も、遠くなる。
「綺羅、おちつけ。息、吸え」
その声が頭上からふってきて。
頭をきつく抱え込まれていることに気付いた。
すこしずつ、まわりの音が、いろが、もどってくる。
感じるのは、やさしい花の香り。
「綺羅、大丈夫だから。落ち着け、喉痛める。息も、ちゃんと吸え」
ゆっくりと、呼吸をうながすように、背中を撫でる手のひら。
「…………ハッ、…………ハァ、…………は、」
「そう、いい子だ。そのまま、ゆっくり息しろ。」
そういうと、もう片方の手は、頭に移動して、やさしく髪の毛をすいていく。
その優しい手つきがきもちよくて、その手にすりよった。
ざわついたこころが、すこしずつ凪いでいく気がする。
「……随分嫌がっているように見えますが?」
「……はは、やだなぁ。混乱しているだけですよ」
「あなたからは、綺羅に対する愛情を感じられません。そんなあなたに綺羅を任せるなんて、絶対にできません」
呼吸が落ち着いてくると、ようやくまわりの音が聞こえるようになってきて。
「ヒドイなぁ。そんなの、あなたの偏見でしょう。大体、あなたにそんなこと言われる筋合いはないと思いますけどねぇ。だって、今日まで綺羅くんのこと、あなたが保護してたんでしょう?」
「…………そうですが」
「じゃあ、やっぱり、綺羅くんはまかせられないなぁ」
「……どういう意味でしょうか」
「そのままの意味ですよ。
だって綺羅くん、自殺しようとしてたんですもん。
私がいなかったら、彼、いまごろ死んでたかもしれませんよ」
ーーーねぇ、綺羅くん?
聞こえてきたそのことばに、泣きたい気持ちになった。
ともだちにシェアしよう!