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第38話

…………ち、ちおや? 神田さんから言われたそのことばの意味が理解できたのは、随分たってからで。 ーーーぶわり。 理解すると同時にぼくのなかのなにかが、あふれたきがした。 ちちおや。 おとうさん。 ……ぼくの、おとうさん? ーーー『お前なんて、俺の子供じゃねぇよ!!!』 オトコノヒトの、ことばが、あたまのなかで反響した。 …………そっか、あれは"本当"だったんだね。 あれ?でも、セイブツガクジョウ? じゃあ、別の意味では、この人もおとうさんじゃない? そもそもどうして、ぼくはオトコノヒトと一緒にくらしてたの? あたまが、ぐるぐるする。 もう、なにがなんだかわからない。 「ちち、おや…………?」 そうつぶやいた、先生の唖然とした声も、どこか遠くにかんじる。 「そうですよ。僕と綺羅くん、顔、そっくりでしょう?わけあって、バラバラに暮らしてたんですけど、そういうわけなので」 綺羅くん、渡してもらえます? その声は、さっきよりも近くで聞こえた。 さらに近付く、けはい。 そのてが、 せなかに触れるのがわかって。 やだ。 さわらないで。 全身で先生にしがみつく。 「綺羅くん、こっちにおいで?」 その声が聞こえたのは、本当に、ぼくのすぐちかくで。 きもちわるくて、肌がぶわりと粟立つ。 い や だ どうしてそんなに、ぼくにこだわるの? "利用"するため? "利用"って、なにに? なんのために? こんがらがって、わけがわからない。 おとうさん? オトコノヒト? カンダサン? ちちおや? 頭のなかは、ぐちゃぐちゃで。 今までの、オトコノヒトの、ことば。 神田さんの、ひょうじょう、ことば。 ぜんぶが、あたまのなかで、さらにぐちゃぐちゃにまざって。 「………ハッ、」 「……!おい、綺羅?」 息が、くるしい。 ぜんぶぜんぶ、わからない。 わかるのは、このままだと、先生と離されちゃうかもしれないって、ただそれだけ。 「…………ハァ、ハッ…………ゃ……」 「…………綺羅……?大丈夫か……?」 けれど。 だから。 「いやっっ!!!!!!!!」 「ッ!?」 唐突に響き渡ったのは。 近所に、廊下に、響き渡ってもおかしくないくらい、大きな、こえ。 ……これは、誰の声? 「いやっ!!!いや!!!!!やだ!!!!! もうやだ!!!!!!!!!!」 そのこえは、止まらない。 ……あれ? ぼく、今、なにしてるんだろう。 喉が痛くて、いきがくるしい、きがする。 ……どうして? 「綺羅っ!きら!」 まわりがぜんぶ、とおいきがして。 「………ッ、は、やだぁ……!!」 「とりあえず、落ち着け!」 「ふっ、はぁっ……!も、やだっ!!!!」 ぜんぶぜんぶが、ごちゃごちゃで。 なんにも、わからない。 「………ッ」 そこで、突然視界がまっくらになって。 音も、遠くなる。 「綺羅、おちつけ。息、吸え」 その声が頭上からふってきて。 頭をきつく抱え込まれていることに気付いた。 すこしずつ、まわりの音が、いろが、もどってくる。 感じるのは、やさしい花の香り。 「綺羅、大丈夫だから。落ち着け、喉痛める。息も、ちゃんと吸え」 ゆっくりと、呼吸をうながすように、背中を撫でる手のひら。 「…………ハッ、…………ハァ、…………は、」 「そう、いい子だ。そのまま、ゆっくり息しろ。」 そういうと、もう片方の手は、頭に移動して、やさしく髪の毛をすいていく。 その優しい手つきがきもちよくて、その手にすりよった。 ざわついたこころが、すこしずつ凪いでいく気がする。 「……随分嫌がっているように見えますが?」 「……はは、やだなぁ。混乱しているだけですよ」 「あなたからは、綺羅に対する愛情を感じられません。そんなあなたに綺羅を任せるなんて、絶対にできません」 呼吸が落ち着いてくると、ようやくまわりの音が聞こえるようになってきて。 「ヒドイなぁ。そんなの、あなたの偏見でしょう。大体、あなたにそんなこと言われる筋合いはないと思いますけどねぇ。だって、今日まで綺羅くんのこと、あなたが保護してたんでしょう?」 「…………そうですが」 「じゃあ、やっぱり、綺羅くんはまかせられないなぁ」 「……どういう意味でしょうか」 「そのままの意味ですよ。 だって綺羅くん、自殺しようとしてたんですもん。 私がいなかったら、彼、いまごろ死んでたかもしれませんよ」 ーーーねぇ、綺羅くん? 聞こえてきたそのことばに、泣きたい気持ちになった。

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