41 / 69
第41話
そして、次の日の朝。
「まぁ、なんとなく予想してたけど」
「……。」
「見事に熱でてんな」
その言葉とともに、おでこに当てられた手は、ひんやりしていて、気持ちいい。
「冷えたか、怪我か、それとも、疲れが出たか……?まあとりあえず、今日は1日、おとなしく寝てろよ」
先生は、そのまま手際よくタオルや、ひんやりした枕、それから、あまり見覚えのない飲み物をベッドにもってきて、シートをぼくの額に貼った。
「しんどくないか?」
そのまま心配そうに、ぼくの顔をのぞきこむ。
それに、ひとつ、こくりと頷いた。
ぼんやりはするけれど、しんどくはない。
「そっか。無理はすんなよ」
そう言って、髪の毛を梳かれて。
そんな"いつも通り"が、泣きたいくらいに、嬉しい。
そのまま、温もりに身を委ねるように、目を閉じようとしたとき。
「…………昨日さ、俺、不安にさせたよな。ほんとにわるかった」
そう、きりだした先生。
「……!」
てっきり、話も、"熱が下がったらにしよう"と言われると思っていたから、すこしだけびっくりする。
「……あと。ノート、読んだ」
「!」
…………どこまで、読まれたんだろう。
「綺羅は、なにも謝る必要なんてねぇよ。
あれは全部、俺のせいだ。
………………嫉妬、したんだよ」
「…………?」
…………しっと?
……なにに?
しっとって、"やきもち"のこと…だよね?
どうして、先生が?だれに?
先生と、やきもちはあんまり結びつかなくて、首をかしげる。
「……昨日の、昼休み。お前が、黒崎に抱きしめられてるところ見て。
…嫉妬した」
黒崎くん……?
少しだけぼうっとする頭を必死に動かして、かんがえた。
ーーー告白、されたとき、かな……?
見られてたんだ、そう思うと、なんとも言えない気持ちになる。
そっか、あのとき、かぁ。
そう、納得しかけて。
ん……?
あれ?
でも、ぼくが、だきしめられてて、しっと?
…………それって。
とたんに、ぼっと顔があつくなった。
心臓が、ドキドキする。
こんなにうるさかったら、先生に音が聞こえてしまいそう。
だから、はやく冷静にならないとって、そう思うのに。
どきどき、バクバク。
勘違いした心臓の早い鼓動は、少しも治まってくれそうにない。
勝手に期待するのを、やめられない。
…………きっと、そういう意味じゃ、ないのにな。
だって、そんな、奇跡みたいなこと、起こるはずがない。
こんなに優しくて、綺麗で、素敵な先生が、わざわざぼくを選んでくれるなんて、そんなことはありえないんだって。
そう、思っていたのに。
「…………俺、綺羅が好きだ」
先生は、まっすぐにぼくを見て、そう言った。
「…………!?」
おちつか、ないと。
"すき"は"すき"でも、それは、きっと、ぼくのそれとは、ちがうもので。
だから。
「何回も、ちがうって、思い込もうとしたけど」
期待させないでほしいのに。
「綺羅の"すき"は違う意味なのかもしれねぇけど、俺は。
…………恋愛の意味で、綺羅が"すき"だ」
その言葉で、頭が真っ白になってしまう。
そんな、はずないのに。
先生と、生徒で。
保護者と、こどもで。
男と、男。
だから、叶うわけないって。
そう、思っていたのに。
「お前に、綺羅に、幸せになってほしい。たくさん、笑ってほしい。
……けど、そうなるのは、全部俺のそばであってほしいって、思ってる」
「…………!」
泣きそうに、なる。
先生と、一緒にいられるだけで、奇跡。
なのに。
……ぼくはいま、都合のいい夢を見ているのかな?
けれど、ぎゅうっと腕をつねってみても、視界に広がるものは、変わらない。
先生も、消えない。
……ほんとうに、これは、現実?
「きらの言う"すき"が、どういう意味なのかは、わからねぇけど」
「…!」
あの、ぐちゃぐちゃの"すき"を、先生は見たんだとわかる。
「それが、どんな"すき"でも、俺のとは違ってても。…………俺は、もう絶対に綺羅を離せねぇ。」
すきなんだ、
そう、もう一度告げられて。
ぽろり、と涙がひとつ、こぼれた。
……ほんとうの、ほんとうに?
ここで、ぼくが返事をしたら消えてしまう、幻じゃないのかな。
「ごめんな」
勝手な大人で。
切なそうに笑って、そういう先生。
ふるふると、全力で首を振る。
そこで、
『ぼくも、すき』
そう、口の動きで伝えようとして。
けど。
「…ぉ、………はっ、…………っ、……ぅ、…けほっ…、けほっ」
「綺羅っ!?」
声を出そうとすれば、閉まる喉。
先生は、僕を抱き起こして、背中をさする。
「っっ………ひゅっ、…………っ、ぅ、けほっ、げほっ」
「無理に、喋ろうとすんな」
だけど。
これは、口の動きとか、文字とか、そういうものではなくて。
相手に、"くみ取ってもらう"んじゃなくて。
「……げほっ………き…………っ、けほっ」
「……綺羅、いいから。のど、傷つく」
ーーー"自分の声"で、伝えたい。
大切なことすら、伝えられないのなら、のどなんて、こわれてしまえばいい。
「す、………………っ、げほっけほっ、」
「綺羅!」
ぎゅっと、肩に口を押し付けられるけれど。
そのまま、無理矢理下にずれて、肩から逃れた。
だって、声がないわけじゃないんだ。
叫べたし、歌えたし、ひとりなら喋ることだってできる。
だから、できる、はずだから。
思いっきり、全部吐き出すみたいに、さけぶ。
これが、最後の言葉になったって、いい。
「ぼ、くも、す、き!!!!!」
かすれて、とぎれて、ひびわれて。
お世辞にも綺麗とは言えない声。
他に何か音がしたら、きっと、かき消されて、聞こえない。
そのくらいに、小さなこえ。
…………けれど、それでも、言えた、から。
バッと顔を上げて、先生を見る。
「……!」
先生は、泣きそうな顔をしていた。
ともだちにシェアしよう!