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第42話
ーーーーその表情は、なにかに耐えているみたいで。
…ぼく、なにか、まちがえちゃった?
途端に怖くなるけれど。
「綺羅っ………!」
そのまま、痛いくらいに抱きしめられて。
「ありがとう、嬉しい」
震える声で、そういってくれたから。
そんな不安はどこかにいって。
嬉しさと、じんわりこみ上げてくる"なにか"で、胸がいっぱいになる。
……………これ、ほんとうの、ほんとうに、現実なのかな?
あまりに幸せで、夢なんじゃないかなって、怖くなる。
これが本当だっていう、確証がほしくて。
先生の首元にすりよった。
……………香りも、ほっぺたをくすぐる、髪のやわらかさも、体温も。
何もかもがとってもリアルで。
ふわふわの髪に、顔をうずめる。
すき、なんて言葉じゃ足りないくらいに、すき。この気持ちがぜんぶ、つたわったらいいのになぁ。
そのまま、うりうりと顔をおしつければ、クスクスと笑われて。
「くすぐってぇよ」
そのまま、髪をほわほわと撫でられる。
ちいさなこどもをあやすような、甘やかすようなそれに、けれどやっぱり安心して。
…………夢じゃ、ないんだよね。
「…………でも、本当に、信じらんねぇ」
先生はそういうと、一度体を離して、しっかりと目線を合わせた。
「本当に、俺と、同じ"すき"か?遠慮はしなくていいからな?」
まさか先生もそんな風に思っているなんて。
あわててブンブン頷いた。
人生ではじめての、恋だけれど。
それでも、この気持ちに、"恋"以外の言葉は、当てはまらないって、そう思う。
これが恋じゃないなら、きっとぼくは、一生恋なんて、できない。
これ以上あざやかで、あたたかくて、せつないような、そんな気持ち、きっともう一生味わえない。
先生は、それでも少し考えるように瞳を伏せて。
やがてその綺麗な顔がぼくに近づいてきた。
その顔は、やっぱり、完成された芸術品みたいに、きれいで。
……そら色の瞳に、吸い込まれてしまいそう。
ぼんやり、そう考えていると。
ふに、
ぼくの唇に、柔らかい何かが当たった。
「…………?」
あれ、これって、なんだろう。
ぱちり、と目を瞬かせると、まつ毛とまつ毛が、触れ合って、思わず目を閉じた。
すると、先生はしっかりとぼくを抱き寄せて。
ちゅっ、と音を立ててぼくの唇を食んでから、少しだけ、離れていく。
隙間に流れ込む空気に、目を開けると。
「…………こういう、"すき"だって、ほんとに、わかってるか?」
真剣な瞳が、ごく近くでぼくを見ていて。
…………いまのは、もしかして、キス?
触れ合っていたところが、無性にあつい気がして。
じんじんと甘くしびれる唇を、無意識におさえた。
『ちゅっ』
さっきの音を、おもいだして。
「………………………………!」
恥ずかしくて、死んでしまいそう。
先生の胸元に飛び込んで、顔をおしつける。
恥ずかしい…………!
衝動に任せて、先生にぎゅぅううっと、しがみつく。
「……あーー、もう、クソ…………。だから、そういう反応は反則だろ」
先生が何か言っている気がしたけれど、よく聞こえないし、それどころではなくて。
もうほとんどパニックで、自分の心臓の音しか、聞こえない。
息の仕方も忘れてしまいそうだった。
けれど、そこで、ふと気付く。
どく、どく。
ぼくのそれと同じくらいの速さで脈打つ、もう1つの鼓動。
あれ…………?先生の、心臓の音、はやい……?
先生の心臓は、ぼくの心臓と、同じくらいの速さで、脈打っていた。
………………そっか。
なんだか、それを、きいていると、安心した。
あぁ、本当の本当に、おんなじ気持ちなんだなぁって。
いちど、大きく深呼吸してから、胸から顔をはなす。
そして。
ぎゅっ。
先生の手をにぎって、ぼくの胸に当てた。
すると、先生は一瞬不思議そうな顔をするけれど。
「……!」
すぐに、納得したのか、少しだけ目を見開いて。
それら、蕩けてしまいそうなくらい。
甘く、きれいに、わらった。
「……ありがとな」
あまりにも、その笑顔が、あまいから。
ふにっ。
さっきの、お返し。
ぼくから、先生に、キスをした。
至近距離で、目を見開く先生。
その顔が、赤くなっていく。
なんだか、それにこころがぽかぽかして。
『おそろいだね』
そう言って、へにゃりとわらうと。
もういちど、唇が、かさなった。
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