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第44話
「………………」
ふと、目が覚めた。
部屋の中は、カーテンがひかれていて、直接的には光は入ってきていない。
でももうたぶん、お昼くらい。
思ったよりも、寝てしまったみたい。
そこで、ふと手が何かに包まれているのに気付いて。
そちらに視線をむければ、先生が、ぼくの手をにぎったまま眠っていた。
なんで…………?
お昼ということは、学校があるはずで。
それなのに、どうして先生はここにいるんだろう。
……………ぼくのために、しごと、やすんでくれたの…?
まだすこしぼんやりする頭で、先生をじいっと、見つめる。
長いまつ毛に、陶器みたいに白い肌。
その顔にかかる、ミルクティー色のやわらかそうな髪。
すべてが、すごくすごくきれいで、思わず見とれてしまう。
そのまま、先生のほっぺたに、そっと触れてみる。滑らかで、傷ひとつないまっさらな肌。
そこに、うすく、けれど確かに存在する隈。
…………ぼくのこと、ずっとみててくれたんだろうな。
仕事に、家事に。それだけでも、忙しいはずなのに。
面倒くさいって思われてもおかしくないはず。
それなのに先生はいつだって優しくて、やわらかくその暖かさを分けてくれる。
迷惑ばかりかけてる。
そう思うのに、どうしてもそれが、"うれしい"と思ってしまう。
「………………」
ごめんなさい、とありがとうの気持ちをこめて。寝ている先生を起こさないように、そっと抱きついた。
まだ熱で少しあついぼくより、ひんやりしたからだ。
けれど、触れ合うと、やっぱりこころがぽかぽかする。
…………しあわせ、だなぁ。
むねからあふれてくる想いは、とまらなくて。
「すき……だいすき」
それにひきずられるように、ぽろりと言葉がこぼれた。
すると
「おれも」
そんなことばがきこえて。
おどろいて、上を見ると、みえたのはきれいな、あお。
…………え、おきてる?
状況についていけなくて、目をパチパチさせる。
それを見た先生は、ゆるく笑って、ゆっくりとぼくの髪の毛を梳いていく。
そうされると、なんだか、ぜんぶがどうでもいい気がしてきて。
うっとりとされるがままになっていると。
「顔色は、ましになったな。体調、どうだ?」
そういって、おもむろに顔が近づいてきて。
え、と思う間も無く。
コツン。
「……………………!!!」
「ん、ちょっとマシだな」
額と額が、ぶつかる。
まつげの本数すら、かぞえられそうなくらい近くにある、先生の顔。
ゆっくりと、どこか眠たげに瞬かれた瞳。
頭に浮かぶのは、寝る前の、キスで。
心臓が、ばくはつしてしまいそう。
ちらりと伺うように先生をみれば、先生の頬も、なんだか赤くて。
夢じゃなかったんだなっておもうと、たまらない気持ちになる。
「ほんとに、夢じゃないんだな」
そういって、先生は、ふんわり、しあわせそうに笑った。
きゅん、と心臓が甘くはずむ。
先生の顔はゆっくりと遠ざかっていったけれど、手はずっとぼくを撫でてくれていて。
しあわせで、いつまでもこうしていたくて。
両手で先生の腕をつかんで、すりよる。
それを受け入れたあと。
いちど、考えるように視線をめぐらせて。
先生は、急に睫毛を伏せてしまった。
そんな、小さな変化に緊張する。
「……なぁ」
かけられた真剣な声にこたえるように、じっと耳をすませた。
「俺、お前のこと、ほんとにすきだ。
……たぶん、お前が思ってるより、ずっと。
だから」
もう、絶対に俺に黙ってでていったりしないでくれ。
震える声でそういって、先生はぼくの肩に顔を埋めてしま
う。
そのすがたに、ズキンと胸が痛んだ。
昨日の、先生の表情を思い出す。
…………もう、あんなかお、させたくない。
ううん。
させ、ない。
ぎゅっと先生の頭をだきしめて、何度もうなずく。
『ごめんなさい』
顔が見えていないから、聞こえていないだろうけれど。
それでもいいと思った。
きっと、この言葉が、先生に届いてしまったら、先生はゆるすしかなくなるから。
これは、ぼくの、ぼく自身に向けた誓いみたいなものだから。
すると、先生はぼくをぎゅうっとだきしめてから、ゆっくりと頭をあげた。
視線が、あう。
先生は、いちど、ためらうように視線をさまよわせて。
けれど、ぼくの手首の包帯を見ると、決心したように、ぼくをみつめた。
「……お前が、されたくないこと、怖いこと、………今まで、どんな生活を送ってたのか、全部、しりたい」
まえだったら、こわかったかもしれない、その質問。
けれど、今のぼくにとっては、こわくない。
大切なのは、昔じゃなくて、今と、それから未来だって。
先生を"信じる"ことだって、わかったから。
だから、しっかりとひとつ、頷いた。
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