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第46話

⚠︎虐待表現注意 それからだった。 すこしずつ、おかしくなってしまったのは。 オトコノヒトは、どこか、遠くを見つめることが多くなった。 もとから、たくさんしゃべっていたわけじゃない。 ご飯を一緒にたべることだって、そんなにおおくはなかった。手をつないだことだって、ほとんどなかった。 だけど。 "保護者"として、行事には、でてくれた。 話しかければ、反応は、してくれた。 なのに。 『あのね、きょう、これかいたよ』 『……………』 『リレーで、かったよ』 『……………』 『テスト、よかった』 『……………』 『ねぇ……………』 『……………』 『きこえて、る……?』 『……………』 たったひとこと、『そうか』と、いって欲しかった。 何回も、なんかいも、はなし、かけた。 だけど。 何日経っても、何週間経っても、何ヶ月たっても。 オトコノヒトは、しゃべらない、ままで。 行事にも、きてくれなくなった。 すこしずつ、家に、いない日がふえていった。 ……………こわかった。 『前髪だけは切らないでくれ』 やぶるつもりなんて、なかった。 だけど、そこまで強い意味をもっているとも、思っていなかった。 ただただ、こわくて。 もとに、もどってほしくて。 だって、それまで、オトコノヒトは、ぼくを"見てくれなかった"けれど。 そのときの、オトコノヒトには、まるで、ぼくが、"見えていない"みたいで。 ねぇ、ぼくは、存在してる? だから。 ぼくは。 『………………おとうさん』 そう、よんでしまった。 完全に、こわれてしまったのは、きっと、このとき。 『うるさい!!!!!!!!!』 なにが起こったかなんて、まったく、わからなかった。 はじめてきいた、オトコノヒトの、大きな声。 久しぶりにみた、オトコノヒトの、明確な表情がのった、顔。 ほっぺたが、あつい。 ジンジンする。 …………いたい? どうして? 『俺は、おまえの父親なんかじゃない!!!!!』 じゃあ、ぼくは、なに? そう思いながらも、納得するじぶんがいた。 あぁ、やっぱり。 『その目で、俺を見るな!!!!』 前髪を切ったらダメなのは、それが、理由? 『その声で、俺に話しかけるな!!!!!』 だからいつも、つらそうな顔をしていたの? 『その顔も、声も、気持ち悪いんだよ!!!!!!』 くるしそうで、泣きそうな、顔。 ほら。 くるしませているのは、まちがいなく、ぼくだった。 ーーーーー『目の色、黒じゃないんだね』 ふと思い出したのは、学校でいわれた、ひとこと。 気にしてもいなかったけれど。 "オトコノヒト"が、でていってしまった、部屋の中で、へたりこんだ。 ……そっか。 ぼくが、"マチガイ"だったんだ。 そう、思った。 おかしく"なってしまった"んじゃない。 もともと、おかしかったんだね。 それを、この、広がった視界は。 ぼくに、見せてくれた。 ぼくが、信じていた、"当たり前"は"当たり前"じゃ、なかった。 それだけの、こと、なんだと。 ぼんやり、考えた。 「………………ッ、…………ヒュッ、…………ハァッ」 今まで"ふつう"にできていたことが、不思議なくらい、息を吸うをことが、むずかしくて。 どうしようもなく、いきが、くるしかった。

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