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第49話

ひとしきり、先生のむねで泣いたあと。 「…………じゃあ、もっかい怪我の消毒しとくか」 先生は、すこし難しい顔で、そういった。 そのことばで、手首の包帯に、目を落とす。 包帯はすこし大げさな気もするのだけれど。 先生は、まるで、大怪我の手当てをするみたいに、そうっとぼくの手に触れる。 『そんなに、気をつかわなくても、大丈夫ですよ』 だって、もっといたかったこと、たくさんある。 全く痛くないといったら、嘘になる。 だけど、そんなにたいしたことでもない、と思うのだけれど。 「……"痛いのには、慣れてる"?」 先生は、手当ての手は止めずに、そう言った。 戸惑いながらも、コクリと頷いた。 包帯をとったことで、あらわになった傷口は、見た目はすこしインパクトがあるけれど、血だったすぐに止まったから。実際はそんなにひどいものでもないとおもう。 けれど、先生はやっぱり、その傷を見て、じぶんが傷ついたみたいな、そんな顔をした。 「……環境が、綺羅をそうさせたんだよな。 だけど、俺は、綺羅に、痛みになんて慣れて欲しくない」 そのまま、そっとコットンに消毒液をつけて、優しく傷口にあてていく。 「これからは、痛かったら、痛いって言っていいし、痛みなんかより、愛に、幸せに慣れてほしい。 "痛み"を"当たり前"になんて、もう絶対にさせねぇから。」 そういうと、ちらりとぼくをみてから、傷口のちかくに口づけた。 ちゅっ。 静かな部屋に、その音が響いて。 「!!!!!!」 声にならない声をあげて、顔を真っ赤にしていると。 クスリ。 先生は意地が悪そうにひとつわらって、すぐに包帯を巻き直していく。 跳ね上がった心拍数が、わずかな痛みすら、吹き飛ばしてしまった気がした。 「…………お、もうこんな時間か。綺羅、せっかく1日空いてるし、なんかしてほしいこととかないか?腹減ってねぇか?」 そういう先生の顔には、よく見ると、やっぱり疲れが見える。 『先生は、今日、ぼくの看病のために仕事休んでくれたんですよね?』 ぼくの記憶では、冴木先生が休むなんて、初めてで。 申し訳ないなって、そう思ったのだけれど。 「俺がやりたかったから、休んだだけだから、気にすんな」 先生はその心すら読み取ったみたいに、そういって、くしゃりと頭を撫でた。 いつだってぼくのほしいものをくれる、先生。 ぼくも、なにか返したい。 『おかえしに、ぼくにも何かさせてください』 だから、そう書いたのだけれど。 「……ありがとな。でも、そんな気つかわなくていいから、甘えとけ」 先生は、嬉しそうに笑いながらも、そういって簡単にかわしてしまう。 納得いかなくて、片手でそっと先生の隈に触れた。 『先生にとって、"無理すること"が"当たり前"になってしまうのは、嫌です』 そうかけば、先生は気まずげに目を泳がせてから、ため息をひとつ吐いた。 「あ〜〜……。そうだな、心配かけて、わるい。 じゃあ、ちょっとだけ寝るから、ここにいてくれるか?」 そのことばに、ふにゃりと顔が緩むのがわかった。 そのままコクリと頷いて、ノートを脇にどける。 横になった先生の頭を、いつも先生がしてくれるみたいに。 ぎゅっとむねに抱きしめて、背中をトン、トンと同じリズムでたたいていく。 「……いつもと、逆だな。なんか、変な気分」 そういって、クスリと笑った吐息が、むねに当たってくすぐったい。 「でも、なんか綺羅がいるって感じして、安心するな」 そういってから、両手をぼくの後ろに回して、ぼくを抱きしめた。 そのまま、先生はなにも言わなくなって、しばらくすると穏やかな寝息が聞こえてきた。 ほっ、と肩の力が抜ける。 ……はやく、隈、消えたらいいな。 頭をだきしめているから、ぼくの視界にはいるのは、先生のふわふわな髪の毛で。 それをゆっくりかきまぜながら、わきあがる"しあわせ"をかみしめる。 いつも、先生もこんな気持ち、なのかな。 ……そうだったら、いいなぁ。 そう思いながら、ぼくもまた、そっと目を閉じた。

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