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第51話

家に帰ってから、ぼくはさっそくノートをつかって、先生に勉強のことを報告していた。 『…………ということで、黒崎くんに勉強教えることになりました』 『そっか、数学しかしらねぇけど、お前、成績いいもんな。 もしかして、学年でもかなり上位だったりする?』 『どうなんでしょう…。学費免除生なので、悪くはないと思います』 そういえば、順位とかあんまり気にしたこと、なかったなぁ。 「は!?学費免除生?!」 突然隣から聞こえたおおきな声に、目をパチクリさせる。 「…………?」 …………なにか、へんなこといったかな? 「学費免除生って、まじかお前…………。めっちゃ頭いいじゃねぇか」 そう、なのかな? ぼくは学費免除生になれるって聞いたからなっただけで、詳しいことはよくわからないのだけど。 先生はなにやら考えたような顔をして、再びノートに向き直った。 『じゃあ、そのために勉強してるのか?』 『いえ、たまたま学費免除生になれるって聞いたからそうしただけで、勉強してたのは、なんとなくです』 そう、なんとなく。 勉強は、きらいじゃない、って、ただそれだけ。 なにもない時間、なにもできない時間をただ持て余すことはしたくなくて、なんとなく勉強していた。 だけど、学費を"払ってもらえなくなってしまった"今となっては、やっておいて、よかったなぁって思う。 ………だって、そのおかげで、学校に、先生の近くに、いられるから。 『そっか、えらいな』 先生はそう書きながら、もう片方の手で、ぼくの頭を優しく撫でてくれる。 それは、最近ずっとしていた妄想が、図らずも形になったみたいで。 思わず、顔がほころんだ。 『勉強して、ほめられるなんて、新鮮です』 ちいさいころに、よく聞いた、見た、"ふつう"。 それが、ぼくも、もらえる日が来るなんて、ついこの間までは想像もできなかった。 ちらりと先生を見上げれば、綺麗なあおが、優し気にゆれていた。 『じゃあ、次のテスト頑張ったら、なんかご褒美やるよ。なんか欲しいもの、あるか?』 ごほうび。 その言葉そのものが、ぼくにとっては、もう"ごほうび"なのだけれど。 いまだに、頭をなで続けてくれている、この手だって十分ごほうび。 先生がくれるものなら、言葉でも、態度でも、なんだってこの世界のどんなものよりも、嬉しい。つまり、ぼくにとって、ほしいものなんて、先生しか、ない、わけで。 どう、しようかな。 …………あ。 そこで、ふと思いついて。 ………厚かましいかな。 そうためらうけれど、先生の目はどこまでも優しいから。 試してみようって、そう思えた。 『それじゃあ、もし、ぼくが次のテストで、ぜんぶ95点以上とったら』 けれど、どうしても、そこで手が止まってしまう。 …だって、はずかしい。 「…………ハードル、たけぇな。まぁ、いいけど…。で、続きは?なんでもいいぞ?」 すぐ隣で、先生が覗き込んでいる気配に。 体を丸めて、ノートに書き込むと、先生の顔にペシャリと押し付けて。 「うおっ!?」 そのまま先生の腰に、うりうりとかおを押し付けた。 頭上でカサリと紙がこすれる音がする。 読まれてる、よね。 恥ずかしくて、ドキドキして、腰にしがみついていると。 「……………………なんだそれ、かわいすぎだろ」 そんなこえがきこえて。 しがみついていたはずなのに、いとも簡単に、ふわりとからだをもちあげられた。 「そんな条件なくても、デートなんて、できるのに。それでいいのか?」 そのことばに、何度も頷く。 だって、それ以上にほしいものなんて、ないから。 『ぼくと、デート、してください』 それが、書いた、願いごと。 そのまま、ストンと先生の膝の上に降ろされて、だきしめられる。 「…………まぁ、いっか。俺が、デートで綺羅に"ごほうび"をあげたらいいだけだしな」 すぐ耳の横で聞こえる声が、こそばゆかった。 「デート、楽しみにしてるな」 先生は、だめ押しみたいに低い声でそう囁いてから、甘く笑ってくれたから。 …………絶対に、がんばろう。 そう、思った。

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