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第52話

そして、勉強会は、はじまった。 『えっと、数学?だっけ?』 「うん、とりあえずそれでお願い!ちなみに、なんもわかってない!」 「んな堂々ということじゃねぇだろ!」 「とりあえず、自分の力でやれ!」 「いてっ!たたかなくてもいいだろ!」 「ごめんな、綺羅、こんなバカ押し付けて」 『大丈夫だよ』 ーーー思ったよりも、大人数で。 なんだかんだ、黒崎くんのまわりのひとも参加して、みんなでワイワイする感じに、落ち着いた。 これだと、黒崎くんと、掘り下げた話をすることは難しそうだと、すこしガッカリしたけれど。 ……まぁ、一番の目的は、勉強することだもんね。 しょうがないかと気持ちを切り替えた。 「うぇえーーー、もー、全然わかんねー…… なんでー、これなにー、もーやだー」 とりあえず解いてみようということで、始まってから30分。 黒崎くんがペタリと机に顔を伏せた。 「お前、はえぇよ」 「まだ30分しかたってねぇぞー」 「うぅぅ…………」 しぶしぶ、と言った様子で起き上がった黒崎くんの手元をのぞきこむ。 問題集と、消したあとだけが残るノート。 ……どの解き方を、どこで使ったらいいのかが、わからないのかな? ふと思いついて、机から自分のノートを取り出した。 パラパラとめくって、黒崎くんが見ている問題の類題のページを差し出す。 『数学はパターンだから。これ覚えて。そしたらたぶんそれ、できるよ』 そう書いたノートを渡せば、黒崎くんは瞳を輝かせた。 「え!すげーー!!!ありがとー! そっか、パターンかぁ…。」 そんなにキラキラした目で見られることは、今まであまりなくて。 だから、むねがこそばゆいような、なんていったらいいのか、わからないような気持ちになる。 黒崎くんはわたしたノートを熱心に眺めて、すげー!とか、わかりやすい!とか呟いていた。 それをなんとなく眺めていると。 「綺羅って、意外としっかりしてるよな」 ふいにそう言われて、おもわず目を瞬かせた。 「…………?」 しっかり、してる……? 「それ思った。なんか、前は顔も隠れてて、何してるかとか考えてるかとか、いまいち掴めなかったけど、授業とかちゃんと聞いてるし、なんか勉強もすげぇできるんだもんな〜。」 「やっぱ将来のこととか考えて、勉強してんの?進路とかも、もう決まってる感じ?」 たぶん、それは何気ない一言で。 けれど、胸にふかく、つき刺さった。 『そんなことないよ。ぼくは、部活も入ってなくて暇だからやってるだけ』 そうかいて、曖昧にわらったけれど。 ……なんだか、心臓に細い針が、ささったみたいで。 「聞いたか、黒崎!お前も綺羅を見習って、暇な時間勉強しろ!!」 「むしろ黒崎こそが勉強しろ!!」 「うっ……!いや、でもいーもんね、俺には心に決めた道があるから」 「全教科赤点スレスレのバカが生意気なこと言ってんじゃねー」 「将来とかいう以前に卒業できるかもあやしーだろ、お前の場合は」 「ちょっ、やめてっ、いてっ」 無邪気に笑い合う3人をぼんやりと見つめる。 …………しょうらい。 さきの、こと。 ……そうだよね。 このままいけば、まだ高校一年生のぼくは、きっと5年後も、10年後も、生きていて。 そのとき、ぼくはもう"学生"じゃなくて。 手元に示された"課題"をこなすだけじゃ、だめなわけで。 けれど、そんな、"さきのじぶん"なんて、まったく想像がつかない。 背筋がひやりとした。 目を伏せると、視界に飛び込んでくるのは、見慣れた教科書に、問題集。 それをやることは、わかりきった"義務"だから。 とにかく"やれば"いいと思っていた。 だから、それをやることに、意味は、なくて。 …………みんなは、"しょうらい"の為に必要だから、勉強している、していた、のかな。 だとしたら、ぼくがとってきたそのテストの点数は、なんだかあまり、意味のないもののように、思えた。 今までずっと、目の前の酸素を確保することに、必死で。 目の前に広がっているものを手に取ることしか、頭になくて。 同じ毎日が続きさえすれば、それでいいと思っていた。 だって、同じ毎日が、永遠に続くような気がしていたから。 じぶんに、"将来"があるなんて、考えたこともなかった。 ずっと、誰ともふかく関わらないで。 狭い狭い世界で、小さくなって生きていけばいいと、それができると思い込んでいた。 なんだかズシンとむねが重くなった気がして。 「………………。」 そんな感覚をごまかしたくて、ぎゅっと、胸元を、制服の上からにぎった。

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