59 / 69

第59話

ふるりと首をひとつふって、嫌な考えをふりはらう。 こんなこと、考えても仕方ない、よね。 ……そうはいっても。 テストは終わって、することもない。 誰もいない部屋は、とても静かで。 そうしたら、やることなんてひとつだけ。 「〜〜〜♪〜〜〜♩〜〜〜」 空に向かって、うたう。 この声が、空を通り抜けて、充さんの元まで届けばいいのに。 そう思うことは、この声を直接届けられないぼくの、甘えでしかないけれど。 今は、そう願うことくらいしかできない。 でも。 いつか。 「〜〜〜♬〜〜〜〜」 充さんのお陰で、どんどん色鮮やかになっていく、この歌を。 "充さんの、おかげだよ" この声で、そういって、届けたいな。 うたを歌うことは、変わらず楽しい。 それでも、いつだって充さんのことで、頭はいっぱいで。 気付けば、つむぎあげる歌詞に、ぼくの想いが乗っている。 いままでは、"うたう"こと、そのものが大切で、歌詞とか、メロディーとか、そんなものにはあまり意味がなかった。 でも、ぼくはいま確かに、"歌詞"にこのこみあげる想いをのせている。 あの日、画面の向こう側にいたひとも。 ありがちだと思った、あの歌詞にも。 こんなふうに、誰かに伝えたい想いが、あったのかな。 そして、それが結果として、ぼくの"すくい"をつくってくれたのだとしたら。 「すてき、だなぁ……」 あのひとは、今でも、うたっているのかな。 顔も、見ていないし、名前も、しらない。 だから、調べることもできないけれど。 まだ、うたってくれていたらいいな。 ぼんやりと、もう随分暗くなった外をながめる。 この空の下のどこかに、あの人はいるのかな。 思ったよりも時間が経ってしまっいてたみたい。 ……充さん、まだ、かなぁ。 ガチャリ。 心を読んだように、玄関が開く音がして。 あわてて玄関にむかった。 パタパタと玄関にかけつければ、充さんは、驚いたように目を瞬かせる。 『充さん、おかえり』 口の動きでそう告げれば、その瞳はゆるやかに細められていって。 「ただいま、めぐむ」 大切そうに、一言一言をかみしめるように、そういった。 "めぐむ" 充さんの口で呼ばれる名前は、なんだか自分の名前じゃないみたいに、きらめいて聞こえる。 ぜんぶ、ぜんぶがたまらなくて、充さんにぎゅっと抱きついた。 充さんは、とがめるでもなく、あっさりぼくを抱き上げて、リビングに入っていく。 「寂しかった?ひとりにして、ごめんな」 まるで、小さい子をあやすみたいにそういうと、やわらかく耳元に唇を落とす。 恥ずかしいし、胸がドキドキするのに、どうしようもなく、安心する。 ふるりと首をふってから、その綺麗なあおいろを見つめ返した。 ……やっぱり、どんな青空よりも、ずっとずっと、きれい。 『ううん、お疲れさま』 そういうと、今度は鼻の先にそっと口付けられて。 反射的に目を閉じる。 それでも、そのあおは、ぼくの脳裏に、焼き付いて離れなくて。 …………このまま、ぼくの瞳のいろも、充さんのあおに、染められたら、いいのになぁ。 そうしたら、ぼくはなんだって、できる気がするのに。

ともだちにシェアしよう!