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第64話

ずきん。 頭がにぶく痛んで、そっと目を開いた。 「………………?」 そう、たしかに、目を開いた。 それなのに。 視界は、まっくらで。 まだ、夢の中なのかな? そう思ったけれど。 身じろぎをすれば、全身に感じる圧迫感に、気付く。 …………僕、どこか狭いところに閉じ込められてる? 壁らしきところを強く押しても、びくともしなくて。 「なんで……?」 呟いた声は、狭い空間に反響するだけ。 そこで、ハッと思い出した。 確か、ぼくは女の人と、ぶつかって、案内することになって、それで。 いつか、ゆるく弧を描いた唇が脳裏にうかんだ。 『利用されてよ』 『またね』 その唇から、こぼされた言葉も。 とたんに、ぞわりと鳥肌がたつ。 彼のーーーー神田さんのいう、"利用"って、このこと? ガタン。 状況を飲み込めなくて、ただただ、混乱していると、急に光が差し込んできた。 暗闇になれた目に、その光は痛いほどで。 ぎゅっと目をつむって耐えていると。 ダンッ!!! その狭い箱みたいな場所から、強い力でひきずり出された。 「ッ…………!」 思いっきり叩きつけられた体に、ちいさくうめけば、ぐいっと前髪を持ち上げられる。 「おひさしぶりだね、おはよう、綺羅くん。元気だった?」 そう尋ねる声は、やっぱり不自然に、やさしい。 そろりと目を開けば、その顔は穏やかな微笑みをうかべている。 噛み合わない、ことばと行動。 だけど。 「すごく会いたかったよ」 その瞳だけは、どこまでもくらくて、よどんでいる。 「ふふ、本当に、ぼくにそーっくりだね。ほんと、気持ち悪いくらい」 その瞳が、ぐっと近付いて、ぼくを眺める。 「まぁでも、果たすべき役目は果たしてくれたみたいだから、とりあえず、"ありがとう"っていうべきかな?」 ニッコリ笑ったその表情に、ぞわりと悪寒。 なんだかこわくて、じりじりと後ずさりしようと、した、その時。 ぐいっ。 きていたシャツを、力任せにひっぱられて。 「でもさ、この傷。気にくわないんだよね。」 あらわになった、体をなぞられた。 視線を下ろせば、たくさんの傷がのこる、体。 ひとつひとつ、充さんが、丁寧に手当てしてくれて。 それでも、消えない傷が、並んでいる。 「これってさ、全部"綺羅"に、つけられた傷でしょう?」 その言葉は、質問のかたちをとってはいるけれど、たぶん、質問ではなくて。 ぼくが、なにかを言うよりさきに。 「僕が全部、消してあげる」 "綺羅"からなにかを、もらうなんて、許さない。 そう呟いて、僕に手を伸ばしてきた、神田さんの瞳は。 きっと、たぶん。 ぼくを、見ていなかった。

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