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第66話
(side.神田)
ぷつりと気を失った、床に転がる自分と同じ顔を、冷めた瞳で見下ろす。
「…………」
そこにあるのは、息子どころか、クローンだと言われても納得するほどに、自分にそっくりな顔。
それは、ぼくが計画を実行する上では、この上もなく都合が良かったはずのもの。
好都合だとただ一笑して終わることができたなら、どんなによかっただろう。
けれど、視界に入れれば、募るのは、途方もない不快感。
こいつが産まれて、綺羅の幸せがこわれれば。それだけで何かが変わるような、そんな気がしていた。
それなのに、胸にわだかまる苛立ちも、不快感も、少しだって消えはしない。
それどころか。
「…………………」
同じ顔で、同じ声で、"冴木さん"とやらに愛を叫んだ、愛をもらっていた、こいつを思い出すと。
ダンッ!!!!!
全てをぐちゃぐちゃに壊してやりたいような、そんな衝動が抑えられなくなる。
全力で蹴りつけても、こいつの体は衝撃に震えるだけで、目をさますことはない。
本当に、起きていても、気を失っていても、無力で何もできないくせに。
「……………………ッ」
なんで、こいつは、誰かから愛されることができたの。
同じ顔で、同じ声で、それなのに、こいつだけが愛されているなんて、なんの当てつけだろうか。
…………でも、もうそんなこと、関係ない。
わざわざ、終業式にこいつをさらった理由は、2つ。
"周りがこいつがいないことに気付く"のが、おそくなるから。
そして、それ故に。
"こいつはここから抜け出せない"から。
戸籍上の親ーーー綺羅が、いない状態で。
"無断で"こいつを保護しているらしい、冴木は、警察に誘拐だと訴えることすら、できない。
だから、こいつが求める冴木は、こいつを救えやしない。
コンコン。
ドアをノックする音に、短くこたえる。
「なに」
「あの…………ヒッ!?」
床に転がるものを見て、悲鳴をあげる女に、一瞥をやる。
「なに」
もういちど、声の温度を下げて尋ねれば、女は震えながらも、用件を告げた。
「あ、あの……言われた通り、"冴木さん"がいらっしゃったので、私が家主だっていっておき、ました……
……綺羅くんも、神田さんも、知らないって……。」
最後は消え入りそうな声で、そう呟く。
「そう、ありがとう」
「これで、父の病院は大丈夫、なんですよね……?」
視線は、床に釘付けで、それでも気がかりらしいそれを訪ねてくる。
その顎を掬い上げて、自分の方を向かせた。
意識して、いつもの穏やかな笑顔を貼り付ける。
「もちろんだよ、協力してくれてありがとう。
物分かりのいい娘さんをもって、お父さんも幸せだと思うな」
ニッコリ笑えば、ほっと肩から力が抜けるのがわかった。
それでも、その瞳に浮かぶ、罪悪感。
…………やっかいかな。
そのまま、顔を寄せて近くからその瞳を覗き込む。
「でもさ、わかってるよね?」
「!?」
「もし、変な動きしたりしたら……」
「し、しません……!誰にも言いません……!」
ブンブンと首をふる女の頭をそっと撫でる。
「うん、それがいいね。……あとさ」
「忘れないでね、この誘拐、君も共犯者だってこと」
何か、変な気を起こしたら、壊れるのは、君のお父さんの将来だけじゃないよ?
その脳みそに、刻み込むように。
耳元で囁く。
ようやく、ことの重大さに気付いたのか、顔を青ざめさせる女から目を離す。
残念。
今更後悔したって、もうおそいよ。
まぁ、変なことさえしないなら、特に興味もない。
「じゃあ、協力してくれてありがとう。いっていいよ」
そのことばに、呆然としていた女はのろのろと部屋から出て行った。
扉が閉まる音がして、部屋に沈黙が落ちる。
「……逃がさないから」
意識を失ったままのそれに囁く。
もうここまで来てしまったんだ。
後になんて、ひけない。
……最後まで進むだけ。
「最後まで、せいぜい"道具"として、役に立ってね」
もちろん、返事はない。
閉まった扉にもたれて、ずるずる座り込んだ。
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