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第67話

………………何日、たったんだろう。 ぼんやりする視界で、天井をながめる。 暴力を受けて、気を失って、目が覚めて。 最初は、ただただ、その繰り返し。 けれど、僕の体が、あざだらけになって、もとの肌の色がわからなくなる程になれば。 暴力をふるう回数は、ずっとずっと少なくなった。 それからは、ほとんどの時間、部屋の隅にあるソファに座って、こっちをみているだけ。 彼の目は相変わらず、ぼくを見ているようで、見ていない。 何もせず、そうして、ただうつろに座っているだけの彼は、それでも毒だけは吐き続けた。 『君はひとを不幸にすることしかできない』 けれど、ぼくには、彼の方がそのことばに、傷ついているように見えて。 『冴木さんにだって、すぐに捨てられるよ』 それは、まるで、そうであってほしいと、"願っている"みたいで。 彼はぼくを苦しめようとしていて、けれど、自分の方が、ずっとずっと、苦しそうな、気がした。 それらは、ぼくを傷つけるはずのことばなのに、なんだか不思議と怖くはなくて。 それは、たぶん。 『好きだ、めぐむ』 あの言葉を、表情を、この手で感じた、あの鼓動を。 ーーーー充さんを、心の底から、信じているから。 だから、ぼくはこの部屋にいても、"怖い"と感じることは、あまりなくて。 ーーーー『充さんに会いたい』 ただただ、そう思う。 今のぼくにとって、辛いのは、呪いみたいな言葉を投げつけられることでも、蹴られたり、殴られたりすることでもなくて。 先生に会えないこと、それだけだから。 今日も、無反応に床に転がり続けていると、彼はおもむろに立ち上がって、家から出て言った。 彼がぼくを殺す気がないのは、本当みたいで。 1日に一回は、おにぎりかパンを投げられるし、床にはいつも、ペットボトルが、転がっている。 そしてそれが、無くなると、彼はこうして、外に出かけた。 何度も、外に出ようとしたのだけれど。 玄関の鍵には、この家には不似合いな、高そうなおおいがかけられていて。 指紋認証でしか開かないらしいそれは、ぼくには解くことはできなかった。 だから。 ペタペタと、ひとつしかない窓の近くまでいって、青空を見上げる。 ーーーー澄み渡った、あお。 こんなに、"非日常"のなかにいるのに、いつだって空は変わらない。 変わらない、その色に、ふにゃりと笑みがこぼれた。 そっと窓に手をはわせて、歌をうたう。 「〜〜〜♬〜〜〜〜♪〜〜〜」 伏せた目に思い浮かべるのは、当然、充さんのこと。 「〜〜〜♩〜〜」 タイムリミットは、神田さんが、かえってくるまで。 この時間だけが、ぼくが、ぼくでいられる瞬間、なんて。 言葉だけきくと、充さんと出会う前と、同じみたいだけれど。 それとは、全然、ちがう。 「〜〜〜〜〜♬〜〜〜〜」 だって、ぼくにはもう、この歌をささげたいと思う、相手がいるから。 だから、きっと、大丈夫。 なにをされても、きっと、耐えられるから。 充さんに、また会えるまで、何度だって、毎日だって、歌い続けるよ。 「〜〜〜〜〜♬♩〜〜〜♪〜〜〜〜」 いっそう、声に色がのった、そのとき。 ガチャリ。 神田さんが帰ってくるには、早すぎるタイミングで。 ドアは、開いた。

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