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七 熱

 結局うとうとしただけであまり眠れなかった私は、うっすらと空が白んできた頃に目を覚ましてしまった。  この間は私が目を覚ますと消えていた清之介であるが、今日はまだ私の隣で眠り込んでいる。こちらに背を向けて丸まっている姿を見て、私は少し笑った。  薄い肌掛けも跳ね除けていたため、私は清之介の上にそれを軽く掛けてやってから、水を飲もうと部屋を出た。  土間に降りて、瓶に貯めた水を柄杓で飲む。息をついて頭を振るが、まだまだぼんやりと霞がかかったようにすっきりしない。寝不足だ。  まったく、添い寝されている私を寝不足にしてどうするんだと思いながら自室へ戻り、もう一度ごろりと横になる。  清之介がころんと寝返りをうち、再び私に身を寄せてきた。相変わらず丸まった格好のまま眠っている姿は、小さな子供のようだ。  肘枕をして清之介の寝顔を見つめながら、結いあげていた髪を解いてやる。枕元に広がる黒髪を指で梳き、頭を撫でてやると、清之介がうっすらと目を開いた。 「……ん」 「まだ寝ていていいよ」 「うん……」  ぼんやりと私を見上げ、なにか言いたそうにしている清之介を見ていると、彼の白い指が私の唇に触れた。  思っていた以上に、私の心臓は大きく跳ね上がり、気付けば清之介の手を握りしめていた。    無意識だった。  私は清之介の手を握りこんだまま、その唇に自分の唇を重ねていた。一瞬驚いたようにぴくりと身体をゆすった清之介であったが、抵抗することもなく私にされるがままになっている。  柔らかく、なんどか角度を変えて清之介の乾いた唇に触れていると、下腹のあたりからむくむくと強い感情が湧いてくるのが分かった。  私は身を乗り出してもう少し深く彼の唇を吸い、徐々に唾液で濡れてくる唇の感触を柔らかく、心地よく感じていた。  清之介のもう片方の手が、私の襟首に触れる。下から私を求めるように唇を蠢かす清之介の動きに、ふと目眩にも似た感覚を揺さぶられ、私ははっとした。 「あ……すまん」  思わず謝罪した私を、清之介はゆっくりと目を開いて見上げる。彼もとろんとした目で私を見ていたが、何度か瞬きを繰り返すうち、少しばかり頬を染めて唇を引き結ぶ。 「……俺、接吻はしたことがないんだ」 「え……」  そう言って恥じらうように首を傾けて顔を背ける清之介の思いの外初い反応に、私はまたどきりとさせられた。私の襟首に手を掛けたまま、清之介は小さくため息を漏らす。 「あ、すまん……なんだか、つい……」 「いや、いいんだ、旦那なら」  もう一度私を見つめかえした清之介は、潤んだ瞳をしていた。私がなにも言えずにその目を見つめ返していると、清之介は言った。 「もういっぺん……してくれよ」 「いや、でも……」 「気持ちが良かったんだ。すごく」 「……でも」 「なぁ、いいだろ、旦那」  襟首に触れていた清之介の手が、私の頬に添えられる。私はどきどきと早鐘を打つ心臓と、沸き上がってくる衝動のまま、もう一度清之介に覆いかぶさった。  初めは優しく静かに重ねていた唇であったが、清之介の手が襟口からするりと入り込んでくる感触に誘われるように、私は彼の中に舌を割りこませていた。小さな舌が遠慮がちに私のそれと絡み、ぬるりとした感触に、私はまた更に興奮していた。  気づけば彼の手首を布団に押し付け、私は半ば彼を組み敷くような格好で唇を重ねていた。 濡れた音が、小さく響く。清之介の呼吸が徐々に早くなっていくのを感じる。 「は……っ、は……」  甘い声と吐息が、更に私の理性を壊していく。まるで舌で清之介を犯しているような気持ちになったが、それが更に私の興奮を煽った。 「はぁっ……あっ……だんな……」  一瞬唇を離すと、清之介が何か訴えようと言葉を発する。完全に私に組み敷かれる格好になっている清之介は、真っ赤な顔をしている。なんとも陶然とした表情であった。  着物が乱れて、白い肌が薄桃色に染まっているのが、またなんとも言えず妖艶だった。 「俺……どうしよう……」 「……どうしたんだ」 「もう……こんな」  清之介の視線に従って下を見ると、もぞもぞと脚を動かしているのが分かった。着物の裾から手を差し入れてみると、清之介の根は硬く熱くなって、いかにも苦しげに見えた。 「……そんなに気持ちがいいかい」 「うん……もう……どうしたらいいか……」 「触ってもいいか」 「え」  私は草色の着物の帯を解き、清之介の白い身体を見下ろした。下履きをも解いてしまうと、清之介は更に顔を赤くして身体をよじる。 「いいよ、旦那がそんなこと……」 「苦しそうだ」 「自分で……するから……」 「いい、君は何もしなくていいから」  清之介のそれを掌に握りこむと、彼は小さく呻いて身を震わせた。すでにぬるりと濡れた先端を親指で擦ってやると、清之介はたまらず声を上げた。 「あっ……!」 「出してもいいよ」 「んっ……でも、汚れちまう……っ」 「いいから」  私はもう一度、清之介の唇を吸った。深く舌を滑り込ませながら、下でもゆっくりと清之介の根を扱く。 「んんっ……! あんっ……ん!」  びく、びくと身体を震わせながら、清之介は時折声を漏らした。自由になった両腕で、私の首にしがみつきながら、清之介は私の動きに合わせて腰を揺らす。  どうしようもなく、私も昂ぶっていた。  その慣れた腰の動きとは対照的に、私の接吻にぎこちなく応じる清之介の拙い舌の動きが、なんとも言えず愛おしく感じた。 「だ……んなっ……! もう……いっちまう……」 「いいよ……ここに出せばいい」 「あぁっ……! あっ……! うっ……んんっ!」  ひときわ大きく身体を震わせると同時に、彼は私の掌の中に熱いものを迸らせた。びくびくと小さく痙攣し、私にしがみつくその身体を抱きしめながら、私は何故だかひどく満たされた心地がした。 「はぁっ……はぁっ……」  私は文机の脇に積み上げられた懐紙を一枚取り、掌を拭う。青く若い匂いが、ふと私の鼻孔をかすかに刺激した。 「ん……旦那……」 「なんだい」 「俺……したいよ」 「……何を」 「挿れてくれよ、俺にさ……これ……」  清之介の手が、着物を押し上げている私の根に触れた。ほんの少しの刺激でも果ててしまいそうに充血していたそれを、私は腰を引いて彼の手から離す。 「……いや、それはしない」 「何で……? 俺、もう我慢できねぇよ……なぁ、いいだろ」 「もう、夜が明けるから……」 「ちょっとでいい。なぁ、旦那……俺にくれよ」 「清之介」  私にしがみつきながら、熱に浮かされたように私を欲しがっていた清之介であったが、名を呼ばれて顔をあげた。  まだうっとりとした目つきをしている清之介の頭を撫で、私は微笑んでみせる。 「今はもう、駄目だ。お前も早く、帰らなきゃ」 「あ……」 「また今度だ」 「……うん」  寝そべったまま清之介の着物を直してやると、彼はまた私に身を寄せて、ぎゅっと胸元に顔を埋める。私はその背を撫でながら、少し強く彼の身体を抱きしめた。  今は、そうするのが正解な気がしたし、私もそうしたいと思っていたからだ。 「……送って行こうか」 「いや、いい。すぐだもの」 「そう……だな」 「旦那ってさ……ほんとはものすごい遊び人なんじゃねぇか」 「え?」 「だって……あんな」 「……夢中だったから、もう覚えていないよ」  私が苦笑しながらそう言うと、清之介は顔を上げて私を見る。 「怖い人だ」 「……そんなことはないと思うけど」 「でも残念だな、旦那を気持ちよくしてあげられなかった」 「いや充分、私も気持ちがいいのだよ」 「俺、何もしてねぇよ」 「私はこれでいいんだ。君にもいつかわかる日が来るさ、多分」 「……ふうん」  清之介は少し微笑み、もう一度私にしがみつく。熱く熱くなっていた彼の身体が、ゆっくりと穏やかな体温に戻って行くまで、私は清之介の背を抱いていた。

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