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四 懸想
「……あぁ、可愛いね。本当に可愛い」
「あ……! ん……ぁっ!」
「素晴らしい、いい締まりだ……!」
でっぷりとした腹の下で、菊春は感じているふりを続けた。なつ江が連れてくる客は、どいつもこいつも脂っこい年増の糞親父ばかりで、楽は楽だが気持ちが悪い。
結局、菊春はなつ江のもとで身売りをしている。強要されたわけではない。自ら申し出てこの仕事をしている。身体を使った方が、手っ取り早く金はもらえるからだ。
寺にいた頃、坊主たちは競って菊春の相手をしたがった。娯楽のないあの世界で、菊春の身体を丁寧にいやらしく躾けることは、何よりの楽しみだったろう。
おかげさまで、うまく身体はそうなった。感じが良く、男らのものを上手に飲み込める女のような身体に。今となっては、感謝したいくらいだ。
「……お前はいいのかい?」
と、猫なで声を出しながら男は菊春のものを扱くが、それはまったく起ち上がるの気配を見せない。
「……私はいいのです。旦那様が気持ちよくなってくださったら」
と、しおらしいことを言うと、男はさらに蕩けそうな顔をして、菊春の頭を撫でるのだ。
❀
「帰ったのか?」
井戸端で汗を流し、半裸のまま手拭いで身体を拭いていると、宗次郎が顔を見せた。少し、どきりとする。
「……うん」
「大丈夫か?」
「……何が?」
「別に身売り以外でも仕事はあるのに」
「いいんだ、嫌いじゃねぇし。ほら、こんなに貰ったぜ」
と、菊春は脱いだ衣の上に無操作に放り投げられた、金色の銭を見遣る。
「菊春、おめぇさ……」
「菊春じゃない、ここでは菊之丞だ」
なつ江の指示で、名も変えた。それはありがたいことだった。ここで身を売る自分は、過去の自分とは違う、そう思えるような気がしていたから。
「じゃあ、菊。俺はこんなことさせたくてお前を連れてきたわけじゃねぇんだぞ」
「分かってるよ。いいじゃねぇか、俺がいいってんだから」
半ばやけになって言い返すと、宗次郎は苛立ったように頭を掻いた。悔しげにも見えるその表情に、菊之丞はたじろぐ。
「な、なんでそんな顔するんだよ」
「いや……」
「宗次郎だって、女相手に身売りしてんじゃねぇか」
「そうだけどよ」
「おんなじことさ」
宗次郎に背中を向けて、落としていた着物を羽織る。さっきの客の脂汗から解放された気がして、菊之丞はほっとした。
「明日は、歌舞伎座に行くんだ。役者はおいそれとこんなとこ来れねぇもんな」
「それ、俺が用心棒で付き合うことになってる。おっかさんにさっき頼まれたんだ。いつもの奴は、流感で行けなくなったからって」
「……え」
宗次郎には、自分のそういう姿を見られなくない……と思った途端、急に、心がずしりと重くなった。
「いいな」
「うん……」
菊之丞、齢十三。宗次郎、齢二十の春先のことである。
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