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五 嗜癖

   菊之丞、十八の今。  尾形龍五郎との関係は、その頃から続いているものだった。まだ十三だった菊之丞をいたく気に入り、五年にも渡って囲い続けている。  尾形は決して美男子と持て囃される顔立ちではないものの、化粧映えする彫りの深い骨格をしている。  鷲鼻と高く張った頬骨、眼光の鋭い切れ長の一重瞼は見る者を射抜くような眼力があり、客を魅了してやまない。長丁場にも耐え得る鍛えた身体は逞しく、ほっそりとした菊之丞がどんな抵抗をしたとしても、びくともしないだろう。  まるで犯されるかのような荒々しさでことを運ぶ尾形のやり方に、菊之丞も初めは恐怖を覚えたものだ。  その晩も、繻子の帯で手首を後手に縛られ、目隠しをされる。何をされるか分からない恐怖と、期待に鋭敏になった肌は、少し触れられるだけで鋭い快感を得てしまう。 「菊……もっと声を出せ……」 「うっ……ん! はっ……! はぁっ……ん!」  ばしッ、と肌を打つ鋭い音が、誰もいない稽古場に響き渡る。乱暴な手つきで目隠しを剥ぎ取られ、頬を平手で打たれながらも恍惚とした表情で見上げると、尾形は更に獰猛な目つきとなり力任せに腰を振る。 「この……変態野郎。おら、もっと腰を振りやがれ……! そんなんじゃいつまでたっても出せやしねぇ」 「んっ……! んっ……もっと……ぶってください……! もっと……!」 「俺に指図すんじゃねぇ! もういい、四つん這いになりな」 「あっ……!」  今度は何度も強く尻を叩かれ、菊之丞は声を上げた。尾形のものは猛々しく、その熱さはまさに菊之丞好みだ。加えて肌に与えられる痛みが、その快感を加速させる。 「あっ! あんっ……! あっ……!」  同時に前も扱かれて、菊之丞は堪らず果てたが、尾形は尚も深く激しく菊之丞を穿ち続ける。 「ひ……あ……! もう……俺……!」 「なんだぁ、もうへたれたのか?」  みしみしと骨が軋むほどに、硬い床に頭を押し付けられながら、腰だけを突き出して尾形の攻めに耐える。縛られた手首は肌が擦れて、ちりちりと焼かれるような痛みがあった。 「か、堪忍……してください……! は、ああっ……! あんっ……!」 「ふざけんな、まだ終わらねぇよ」  汗か涎か涙か分からぬものの中に顔を押し付けられ、乱暴に激しく犯される自分に興奮してまた体液を垂れ流す。  そんな自分は、なるほど変態野郎だと蔑まれても文句は言えない。 「は……、あ……っ!」 「くそ……たまらねぇな、お前……」  当然のように体内に流し込まれる体液の熱さも、嫌いではない。下腹の圧迫感から解放され、菊之丞は倒れ込んで息を吐いた。  尾形は満足気に煙管をふかしながらどかりとあぐらを組み、気怠げに上半身を起こす菊之丞を見つめた。その目線が、縛られたままの手首へと移る。 「ほどいてやる」  尾形の手によって手首の縛めが解かれる。菊之丞は真っ赤に腫れて血の滲む手首に指で触れ、乱れた髪を掻き上げた。 「毎度毎度すまねぇな、怪我ばかりさせて」 と、精を吐き出し冷静になった尾形は、申し訳なさそうにそう言った。 「いえ、俺もここまでしてもらわなきゃ、満足できねぇから」 「大概、お前も難儀な体質だな」 「ええ……今夜も実に俺好みでしたよ」  そう言って菊之丞が微笑むと、尾形は目を細めて眩しげに菊之丞を見つめ返す。 「本当にお前は、美しいな」 「……ふふ。知ってますとも」 「ははは、だよな」 「今宵は一段と昂ぶっていらっしゃる。何かありましたか?」 「いや……襲名披露が近いからな、ついつい気が立っちまって。どこか痛むか? すまねぇな、ちょっとやり過ぎた」  尾形は、半月後に四代目尾形龍兵衛を襲名する。     歌舞伎の世界において、変わらず花形役者で居続けるのは容易いことではない。弛まぬ努力を続けてここまでの立場を築き上げた尾形のことを、菊之丞は気付けばずっと見守ってきたような格好になっていた。  舞台や稽古の後の昂ぶり、又は苛立ちの捌け口となりながらも時に叱咤し、時に悔し涙を受け止め、尾形を陰ながら支えてきたのである。   行為の時以外の尾形は、真面目で優しい、良い男なのだ。  相手を傷めつけることに快感を覚えてしまうような、自分の性癖に付き合ってくれるやつはいないのだと感謝もされる。  厳しい歌舞伎の世界で、唯一自分を晒せる相手だと、大切にされている。  そんな尾形が、菊之丞を自分一人のものにしたいと思わぬ訳がない。幾度となく、自分のものにならぬかと真剣に口説かれた。  しかし、その度菊之丞はするりするりと、その腕から逃れ続けてきた。  所詮自分は、数多の男に身体を売る、陰間なのだから。  貴方様のような日向を歩む方のお側にいることはできません……と。 「この間の義経千本桜なども、素晴らしかったですよ。尾形様以外の方が四代目龍兵衛を名乗れようはずがございません。晴れ姿、早く見たいなぁ」  菊之丞は行為の後の尾形の身体を、濡れた手拭いで丁寧に清めながら、微笑んだ。 「はは、そうか。また見に来てくれるか。いい席を取っといてやらねぇとな」 「ありがとうございます。今度は翁ではなく、若い奴を連れて行ってもよろしいですか?」 「ははっ、やめとけやめとけ。ただでさえお前は目立つのに、若衆連れでこれ以上人目を惹いちまったら、うちの若いもんがお前に惚れちまう」 「そんなことは。それに、尾形様と俺のことは、もう皆様ご承知でしょう?」 「ああ、まぁな。でも、あんまり他の奴の目に触れさせたくねぇんだ」  そう言って、尾形は逞しい胸に菊之丞を抱きすくめ、唇を塞ぐ。さっきの乱暴さが嘘のような、優しくゆったりとした接吻に、菊之丞はされるがまま目を閉じる。 「……やっぱり俺のもんにはならねぇか。あいつのことがまだ、好きなのか」 「……何のことでございましょう」 「いつもそれだな、菊之丞」 「申し訳ございません。……俺はもう、誰か一人を想うなんて殊勝な感覚は、とうに忘れちまいましたから」 「俺も客の一人だと、言いてぇんだな」 「そんなお顔をしないでください。それでも尾形様は、俺にとっては特別なお方ですよ。貴方様の身体が、俺は好きでたまらない」 「……上手いことを言いやがる」  菊之丞は尾形の首に白い腕を絡ませて、今度は自ら唇を寄せた。  尾形の身体が好ましいのは本当だ。この、放っておけぬ性格も、嫌いではない。いや、むしろ好きだ。  その気になれば強引にでも身請け出来るだけの金と力を持っているのに、そうはしない優しいところも、好ましい。  ここには来れない。この男一人のものには、成りたくない。  尾形に抱かれながらも、常に脳裏にちらつく宗次郎の顔。  宗次郎に、こんなことをされたいと願ってしまう、いやらしい自分。    こんな自分が、尾形の一途な気持ちを受け入れられるはずがない。     「菊之丞、もう一遍、構わねぇか」 「もちろんでございます。痛くして下さるのでしょう?」 「ははっ、本当に難儀な奴だ。けど、残念ながら次は優しくやってやる。俺は今、そんな気分だからよ」 「それは残念」 「可愛い奴だ、お前は」 「あ……ふ、んっ……」 「俺の上になりな、菊之丞。お前のいい顔、下から全部眺めてやるぜ」  尾形の膝の上に座らされ、胸の尖りを思うまま吸われ、絡められ、しゃぶられる。その度、菊之丞は身体をびくんと震わせながらも、尾形の頭を抱いて更にその続きを誘う。  胸を熱く絡みつく舌で転がされるだけで、菊之丞はすぐに達してしまう。先の尾形との行為で消えぬままの火照りが、菊之丞の身体をどこまでも鋭敏にしている。 「あんっ、ひ……っ、あ……!」 「どこもかしこも、感じやがって。いやらしい奴だ」 「あ……あ……っ! もっと、言ってくださ……俺のこと、蔑んで……っ、ひどいこと、言って……」 「何だ? つぎは言葉攻めしろってか? 本当にてめぇは、どうしようもねぇ変態野郎だな、菊。毎日毎日男のこれを旨そうにしゃぶって、ぶちこまれて尻尾振って、甘ったるい声出してんだろ? まるで雌犬じゃねぇか、この淫乱め」 「ああっ……! いい……っ、もっと……言って……!」  優しく吸われていた胸をがりりと噛まれ、菊之丞は甘い悲鳴を上げる。徐々に手荒くなってゆく尾形の手つきに、ぞくりと興奮を覚える。    尾形は自らの割れた腹筋に放たれた菊之丞の体液を掬い取ると、それを菊之丞の目の前で玩び、座位で向かい合う菊之丞の双丘の割れ目に挿し込んだ。 「あ! んっ、やぁっ……!」 「どうすりゃ俺は、お前の心を捕らえられるんだろうな。もっともっと、傷めつけてやればいいのか? あぁ!?」 「あっ……!」  いきなり怒気を含んだ声を荒げた尾形に再び床に押し倒され、首の上に跨がる尾形のそそり勃つものを、菊之丞は怯えを含んだ目で見上げた。  この体位は苦しいから、嫌いだって言ってんのに……。また火がついちまったんだな、尾形様は。  冷静に腹の中で思いつつ、強要されるがままに尾形の一物を咥え込む。喉の奥まで突き立てられる苦しさに涙が出るが、不思議とこんな行為も嫌ではなくなる程に麻痺している自分の感覚に、呆れてしまう。 「んっ! んんっ……!」 「上も下も、絶品だな、おめぇはよ。どうだ、旨いか?」 「うっ……んっ……! はぁっ……!」 「朝まで帰さねぇからな、あいつのとこには。おら、もっと旨そうにしゃぶらねぇか、この淫売め」 「んっ……んっ……!」    吐きそうだ、でも、それが()い。  いたぶられればいたぶられるほど、汚されれば汚されるほど燃えるこの異常な身体を、どこまでも貶して欲しい。  痛めつけて、傷付けて、貶めて、蔑んで。  消えることのない宗次郎への想いを全て、忘れ果てるほどに。    尾形の猛りを受け止めながらも、やはり思い出すのは宗次郎の顔だった。  あの日、初めて見た、悔しげに歪む宗次郎の表情だ。

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