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第1―2話
そしてそんな話から数日後、横澤は定時に仕事を上がると丸川書店の最寄り駅前のカフェに入った。
待ち合わせの相手は既に来ていた。
「おう、待たせたか?」
「いえ、俺も今来たところです」
羽鳥が微笑む。
この笑顔を見せられたら、そりゃー天下の一之瀬先生もイチコロだよな…と男前を文字通りいく男の前に座りながら横澤は思う。
「で、相談って何だ?」
横澤はセルフサービスのコーヒーを一口飲むと言った。
「お前が俺に相談って珍しいよな」
「はい…考えたんですけど、横澤さんしかいないな、と」
横澤の眉が寄る。
「どうした?
仕事で何かあったか?
またアニメ化が頓挫したとか…」
羽鳥が軽く首を横に振った。
「いえ、仕事のことじゃないんです」
「は?」
横澤は思わずキョトンとしてしまった。
羽鳥とは料理のことなどで交流があったが、プライベートなことを相談されるほど親しくはない。
「実は高野さんのことで…」
「ま、政宗!?」
意外な名前が出てきて動揺する。
「あいつがどうかしたのか?」
それとも高野と羽鳥の間で何かあったのだろうか。
横澤は羽鳥は勿論、高野のことも一気に心配になった。
「これ見て下さい」
羽鳥がスマホを横澤に向ける。
そこには高台から見える綺麗な夜景が映っていた。
「これがどうした?」
「実はこれ、うちの美濃の資料の画像なんです。
俺も気に入って画像を転送してもらって。
それでこれを休憩室で見ていたら、高野さんが偶然現れて。
何の気無しに高野さんに見せたんです。
綺麗な場所ですよねって。
こんな隠れた名所が都内にあるんですねって」
「へぇ~。ここ都内なのか」
横澤が感心したようにスマホの画面に再び目を落とす。
「そうです。
そうしたら高野さんが急に爆笑しだして、この画像どうしたんだって訊かれて、美濃の資料ですって答えたんです。
そしたら今度は、美濃はどうしてこの場所を知ったんだって訊かれて…」
羽鳥は数日前、エメラルド編集部で交わされた会話を高野に話した。
勿論、目の前の横澤にも。
「ふ~ん。それで?」
「そしたら高野さん、上機嫌で良いことを教えてくれた、お礼にお前にも良いことを教えてやるって言い出して…」
羽鳥が一旦言葉を切る。
横澤はここからが本番だな、と思わず身構えた。
羽鳥が声を潜めて言う。
「車はいいぞ、お前も今度試してみろよって言われたんですけど…意味が分からなくて。
高野さんに訊いても、笑うだけで答えてくれませんし。
たまにエレベーターや廊下なんかで二人きりになったりした時も『車はどうした?』って訊かれたり。
うちの会社は車通勤は基本禁止されてますし、俺は自分用の車を所有していないので、車を購入しろって勧められているんでしょうか?
それに『今度』ってことは、まずは試乗にでも行ってみろってことでしょうか?
でもどうして高野さんがそんなことをわざわざ勧めてくるのか、全然分からなくて。
学生時代からの友達の横澤さんなら、高野さんの言いたい事が分かるかもしれないと思いまして」
「う~~~ん…」
横澤は腕を組んで眉間に皺を寄せる。
羽鳥には可哀想だが、横澤にも高野が何を言いたいのかが全く分からない。
羽鳥の言う通り、高野が今更わざわざ羽鳥に車を購入しろと勧めるのはおかしい。
そんなに車に拘っているのなら、羽鳥に出会って直ぐにでも勧めていただろう。
それに『今度』と限定的なのも意味不明だ。
そもそもそれが『良いことを教えてくれたお礼の良いこと』に該当するだろうか?
良いことと言うより、単なる押し付けだろう。
「…すまん。
ちょっと時間をくれるか?」
今、ここで考えていても答えは出そうに無い。
だとしたら時間の無駄だ。
「あ、はい。
急いでいる訳では無いので。
ただ少し疑問なだけで…。
すみません。お手間をおかけして」
苦笑して頭を下げる羽鳥に、横澤も「そんなことねーよ」と苦笑する。
横澤は幸い今夜はこのまま桐嶋のマンションに行って泊まる予定だ。
桐嶋も今夜は帰りが早い。
人生経験豊富で自分とは違う視点を持っている桐嶋に相談すれば、何かきっかけだけでも掴めるかもしれない。
羽鳥と別れて今夜の夕食のメニューを考えながら幸せそうに電車に揺られている横澤は、自分のクリスマスが今始まったことをまだ知らない。
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