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第1―8話
クリスマスソングだけが流れる無言の車内。
木佐が免許証を見せると警官はあからさまに驚いた顔をし、他の警官二人と集まって、免許証と木佐を交互に見ていた。
だが、直ぐに免許証を木佐に返してくれ、検問も終わった。
だが、それまでうきうきだった雪名が何も喋らなくなってしまった。
難しい顔をしてハンドルを握っている。
そりゃそうだよな…
木佐はため息をつきそうになるのをぐっと堪える。
サンタクロースの格好をさせて未成年を連れ回す変態と間違えられそうになったんだから…
すると難しい顔をしたまま雪名が爆弾を落とした。
「全部俺が悪いんです。
サンタクロースの格好は失敗でした。
木佐さんがかわい過ぎる!!
おまわりさんまで魅了するなんて…!!」
いやいやいや…
誰が魅了されたんだよ!?
童顔と三十路のサンタクロースに呆れただけじゃねーか!!
だが木佐の心の叫びも言葉にはならない。
雪名が絶妙のタイミングで悩ましくため息をついたからだ。
「ああ…どうしよう。
クリスマスプレゼントを付けた木佐さんに我慢できるかな…俺…」
木佐は雪名からのプレゼントが身に付ける物だということと、夜景を見ながらは身に付けてはいけない物だということだけは分かった。
「それでーおめーがいなくなって3日目の朝、おれはぁー」
高野は『仔羊のローストトマト煮込み』と『スモークサーモンとホタテのガトー仕立て』の5皿目を前に日本酒のロックを飲んでいた。
フルボディのワイン3本は既に飲み終わり、これまた今日の為に小野寺が用意しておいた日本酒に突入したのだ。
小野寺も完全な洋食メニューに日本酒はどうかと思ったが、とにかくアルコール度数の高い酒にしたくて、日本酒専門店で洋食に合う酒を選んでもらったのだ。
高野も「ワインの後に日本酒なんて意外性があっていいな」と喜んでいた。
そして今の状態である。
ぐでんぐでん。
小野寺はふっふっふっとほくそ笑む。
小野寺も高野に気付かれないように、チビチビとワインを飲んでいたが、所詮四分の三は高野の胃の中身。
3本目なんて、小野寺は五分の一も飲んでいないだろう。
「だからなっ、おれはー学校はもちろんー」
高野は完全に酔っ払っていて、小野寺がいなくなってから、いかに自分が小野寺を探し回ったかを、さっきからぐるぐると同じ話を繰り返している。
小野寺は嫌な顔ひとつせず、神妙な態度で高野の話に相槌を打っては、グラスに氷を足し日本酒を注ぐ。
小野寺は洗濯物が山と積まれたソファを見て、自分の作戦の成功を確信した。
木佐と雪名が〇〇公園の夜景スポットに着いて車を停めると、雪がチラチラと降ってきた。
「見ろよ、雪名!雪だ!」
「やったー!ホワイトクリスマスじゃないっすか!」
二人のテンションが一気に上がる。
「じゃあ木佐さん、食事は車の中で済ませましょうよ。
車の中からでも夜景バッチリ見えてるし!」
「そうだな!
まずは食事して、後で夜景見に外に行こうぜ!」
「あ、食事の後はプレゼント交換ですよ~!」
キャッキャッと盛り上がるサンタクロース二人は、クリスマスディナーが終わる頃、自分達の車から100メートル程離れた隣りに一台の車が停車したことなど気付かない。
「わあ!すっげ夜景が綺麗!!
ここ本当に都内かよ」
吉野が助手席でフロントガラスに顔を寄せる。
「綺麗だな。一緒に見られて良かった」
羽鳥がシートベルトを外し、吉野の肩を抱く。
「しかも雪まで降ってて…。
な、なんつーかその…ロマンティックだよな…」
吉野は顔を赤くして羽鳥の腕に凭れる。
「じゃあ、車を降りて、じっくり夜景を見るか」
そう言う羽鳥を吉野が止める。
「ま、待った!
クリスマスプレゼント渡したい!」
「俺は外で夜景を見ながら渡したいんだが」
「うん、トリはそれでいいよ!
でも俺は今、渡したいんだ」
「そうか?それなら…」
吉野はいそいそとバックシートから小さな紙袋を取る。
そして中からブランドカラーに彩られた小さな箱を取り出すと、
「はい、トリ。
メリークリスマス」
と真っ赤になって羽鳥に差し出した。
「ありがとう、千秋」
羽鳥が甘く微笑み、プレゼントを受け取ると吉野のおでこにキスをする。
吉野の『早く早く』という視線を浴びながら、羽鳥がリボンや包装紙を丁寧に解いてゆく。
そして白紙に包まれていたのは黒いラムスキンの手袋だった。
「トリ、手がおっきいからさ、とりあえずトリの大きさっぽいの選んできた。
サイズが合わなかったら交換してくれるって」
真っ赤なまま照れながらごにょごにょ言う吉野に、羽鳥は愛しさで胸が痛くなる。
羽鳥は早速手袋を嵌めて、「ほら」と吉野の目の前に手を差し出す。
「わっ!ピッタリじゃん!!
トリはどう?」
「ああ、ピッタリだよ」
「良かったあ~」
吉野の顔に大きな笑みが浮かぶ。
「じゃあ降りるか」
「うん!」
すると吉野は、車を降りると羽鳥の手を握った。
普段、外で吉野から手を繋ぐようなことをしてくることは殆ど無いので羽鳥は驚いた。
吉野は嬉しそうに、それでも小さな声で言った。
「この手袋を初めて嵌めたのは、トリが連れて来てくれた綺麗な夜景が見える所なんだよな。
それに雪まで降ってさ…。
俺、この手袋を見る度、そのことを思い出すよ」
「…ばーか」
「は?」
羽鳥がひょいと吉野を抱き上げる。
「な、何だよトリ!
降ろせよ、恥ずかしい!」
「お前がいけないんだろ。
思い出すなら俺だ。
馬鹿かわいいのもいい加減にしろ。
身がもたん」
「はぁ!?ばっ馬鹿かわいい!?
なななに言ってんだ、お前!」
吉野の照れからくる悪態も気にならない。
雪が舞い散る中、羽鳥は吉野を抱いたままスタスタと夜景が見えるギリギリの手摺に向かって歩いて行く。
どこからかクリスマスの鐘が聞こえる…
そんな錯覚すら羽鳥を幸福に包む。
そして心の中で、神の誕生日を祝福し、その祝福を恐れながらこれから分けて頂きますと、緩んで今にもニヤけそうな口元を必死に引き締めるのだった。
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