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第12話

 たおやかな指がなめらかな肌を滑り、官能の熱を引き出して淡い朱に染めている。 「は、ぁ……んっ、ぁあ、あ」  細く切ない悲鳴を上げて快楽に身もだえているのに、心はずっと冷えていた。  視界に入っていなくても、体中に財前の視線が絡みついている。それが美月を冷静にさせていた。 「んっ、うあ」  愛らしいオメガたちが、陶然と遊びに興じている。彼等はとてもうつくしく、かわいらしい。与えられる快感は美月を高め、美月もまた彼等を昇らせたいと愛撫を返す。 (どうして)  祐樹の部屋でオメガたちと遊ぶときは、心もはずんでとてもたのしい。それが、財前の視線があるだけで感情の動かない作業めいた行為に感じられる。  ほかのオメガたちはどうなのだろうと考えつつも、体だけは快楽の渦に従って極まりを迎えた。 「は、あぁあ……あ」  痙攣し、薄く目を閉じた美月の傍に財前が歩み寄る。美月は意識を失ったふりをした。 「今日も、うつくしいな」  つぶやきが額に落ちて、美月は身震いした。 「財前さん」  甘い声が耳に届いて、ほかのオメガたちが財前を誘う気配がする。誘いに乗らないでくれと美月は願い、財前は「いずれ、また」と低く艶めいた声で断った。  遠ざかる足音とドアの開く音、そして閉じる音がして、護衛達が自分のオメガの身支度を整えるために動き出す。  ほっと体の力を抜いた美月の頬を、誰かがつついた。 「美月さん、起きてます?」  薄くまぶたを開けると、おおきくまるい目が美月をのぞきこんでいた。 「ん?」 「美月さん、あんまり感じてなかったですよね」  彼の発言に、ほかのオメガたちが護衛に体を拭われながら「なになに」と、興味を示した。 「どうして、そう思ったのかな」 「濡れなかったから」 「それは、いつものことだろう」  鼻を鳴らしてあきれたオメガに、美月に話しかけたオメガがムッとした。 「でも、美月さん。祐樹のところで遊んだときは、ちゃんと濡れてたよ」 「えっ。なにそれ、どういうこと」  そうですよねと確認されて、美月は苦笑交じりにうなずいた。意外そうな興味津々の目が美月に集まる。 「なんというか……不自由だろう?」  答えると、キョトンとされた。どう説明をしたらいいのか。美月は視線で和真に助けを求めた。和真がまぶたで「請け負いました」と返事をし、美月を抱き上げる。 「みなさまは、アルファである財前さまに気に入られることを前提に、していらっしゃいます。無意識なのか、意識的なのかはわかりかねますが。そこにひっかかりを覚えて、無心にたのしめないと申されているのですよ」  オメガたちは顔を見合わせ、それぞれの意見をささやき交わす。ソファに移された美月は衣服を整えられ、髪を梳かれた。 「でも、それは美月さんもおなじでしょう?」 「どう、だろうね。僕は……その、財前さんをあまり好きではないんだ。どこか冷たい気がしてね、だから、それもあるのかもしれない」  おどろきが部屋に満ちた。すぐに「秘密だよ」と唇に人差し指を当ててはみたが、財前の耳に届いてもかまわない。そう思って口にした。  いずれウワサとなってオメガたちの間に広まり、アルファの中にも広まって財前も知ることとなる。 (そのとき、僕の扱いはどうなるのかな)  どうでもいいかと美月は目を閉じ、髪を梳く和真の指に意識を向ける。  この指が、指の先にある腕が、広い肩が、たくましい胸がそばにあるなら、不安なくやっていける。  そう漠然と確信した美月は、ふと目を開けてオメガたちに疑問を投げた。 「護衛戦の話は、聞いているのかな」 「来月あたり、あるって聞きましたよ」 「え。僕は二か月後だって聞いたけど」 「どっちにしても、ぜったいやるって感じだよね」 「そうそう。やるのは、やるっぽいね」  にぎやかになったそこに、次の質問を入れてみた。 「護衛戦の順位で護衛を変えるってウワサがあるけど、あれはどうかな」  誰もが自分の護衛に目を向けてすぐに逸らし、モゴモゴと口を動かしはするものの声を発さなかった。 「部屋に、みなさまを招きますか」  和真の提案に視線で意見交換をしたオメガたちはうなずき、そういうことになった。  身支度を終えたオメガとその護衛を連れて私室に戻ると、彼等は美月の部屋をものめずらしそうに見回した。 「僕たちの部屋と、そんなに変わらないんですね」 「倍くらい広い部屋だと思ってました」 「高そうな置物とか絵とかが、いっぱいあるイメージ持ってた」 「そんなわけないだろう。僕も君たちとおなじだよ。在籍年数は、ずっと長いけどね」  冗談めかした美月に、ほがらかな笑いが起きた。和真がお茶とクッキーをテーブルに運んでくる。それらを囲んで落ち着いたオメガたちからベータが離れ、和真の部屋へと姿を消した。 「さあ、これで遠慮をせず話ができる。みんなの正直な意見を教えてくれないかな」  お茶とクッキーを手のひらで勧めつつ言うと、わあいとオメガたちは無邪気に手を伸ばし、口を動かした。 「このお茶、おいしい。――僕は、護衛の交換を勝手にされるのはいやだなぁ」 「僕も! 僕もいやだ。このクッキーとお茶、すごく合うねぇ。うーん……だってさぁ、護衛が変わったら、また僕の好きなものとか説明しなくちゃいけなくなるでしょう? めんどくさいもん」 「そうだよねぇ。あたらしい護衛と合わなかったら困るし。それだったら、いまの護衛のほうがいいな」 「なぁんだ。みんな交代には反対なんだ。だったら、あの部屋でしゃべってもよかったね」  ほっとして笑うオメガたちとともに、美月も顔をなごませた。 「でも、そうしたら美月さんの部屋にくるとかできなかったから、言わなくてよかったよ」 「それ、あるかも。自慢できるよ。美月さんの部屋にまねかれたって言ったら、ぜったいうらやましがられるもん」 「そんなに、特別なことかな?」 「特別です!」  声をそろえて即答されて、クスクスと美月は口元に手を当てた。 「僕はそんなに、とっつきにくい相手だと思われていたんだね」 「とっつきにくいっていうか」 「ねぇ」 「近寄りがたい雰囲気あるよね」 「うん。すごく、キレイだもん。ほんものの天使さまみたい」 「だけど、君たちも天使の館の天使だよ?」  美月の言葉に「それじゃあ美月さんは神さまだ」と声が上がった。 「そんなにいいものじゃないよ、僕は。ただ、みんなよりもすこし、ここにいる時間が長いから、特別みたいな感じになってしまっただけで。君たちと、なんら変わりはないんだ」 「そうそう。祐樹の部屋にいって美月さんがいたときはビックリしたけど、ぜんぜん普通だよ」  ピョンッと跳ねたオメガが、美月の隣に座って甘える。美月が彼の頭を撫でると「ずるい」とふくれる顔があった。 「それなら、遊びなおしをしようか」  艶然と美月が誘うと、全員が背筋を伸ばして顔を赤らめた。フフッと息を漏らした美月は立ち上がり、ベッドに向かう。そのうしろをオメガたちがついてきた。 「疲れていない? さっき、したばかりだけれど」  ベッドに身を沈めながら美月が問うと、大丈夫ですと返事が重なった。それならと美月は服を脱ぎ、オメガたちも裸身になって肌を重ねた。 「んっ、ふ……んっ、んん……ぁ」  官能の熾火が刺激され、誰もがすぐに恍惚を得た。唇を重ねて舌を伸ばし、触れる肌を愛撫して体を擦りつける。次々に唇がふさがれて、舌がだるくなるほどキスをして体を揺らした。じわりと熱くにじんだ奥から、美月の甘露がこぼれおちる。 「美月さんが、濡れてる」  うっとりとこぼされた声を追いかけた指が、美月の内側をさぐった。 「ほんとだ」 「わあ……なんか、うれしい」 「うん」 「美月さん、気持ちいい?」 「っ、は、ぁ……んっ、いいよ……すごく、いい」 「あはっ、美月さん」  体中を舐められながら奥をまさぐられて、美月はすぐに絶頂を迎えた。上気した肌にオメガたちの欲液がまき散らされる。それを指ですくい、互いの体にぬりつけて、オメガたちはぞんぶんにたわむれ遊び、快楽の頂を目指して幾度も昇った。 「は、ぁ……ああ、ふふふ」  疲れて倒れた美月のまわりで、オメガたちも汗にまみれた肌をシーツに横たわせた。美月に対する遠慮は消えて、親しみだけが残される。  誰もがおなじ仲間だと、心身ともに実感した。 (これなら)  相談ができるかもしれないと、美月は気だるさを押しのけて体を起こした。 「ねえ。みんなは護衛が変わるのが、いやなんだよね」 「僕はそうだよ」 「僕も」 「でも、変わってほしいって子もいるよね」 「どうして?」 「わかんない。でも、ほかの護衛をうらやましがっている子がいたよ」 「誰だっけ? 誰かの護衛がかっこいいから、交換したいって言ってたような」 「それって冗談でしょ? 本気じゃないよ」 「でも、本気の子だっていたよ。なんか、気が利かないとかなんとかって文句を言っていたから」 「じゃあ、護衛戦で護衛交換したいって言うかもね」 「護衛の数は決まっているから、交換するしかないもんね」  美月を中心に交わされる声を聞きながら、護衛交換を回避するヒントはないかと考えてみる。 「でもさ、それなら香音の護衛をもらって、いまの護衛を捨てたらいいんじゃないの?」 「護衛を変えたいのが、ひとりとは限らないだろう」 「じゃあ、交換したい人同士で交換して、あまった護衛はあたらしく入ってきた子にあげたらいいじゃん」 「でもそれ、あたらしい子がかわいそう」 「そっかぁ。じゃあ、その護衛はもう館の外に出してもらって、あたらしい護衛を連れてきてもらうとか」 「教官に、それ言える?」 「うーん」 「……外」  つぶやいた美月に、すべての視線が集まった。 「みんなは、外のことをどのくらい知っているのかな」  美月の脳裏には祐樹の姿があった。  オメガたちは顔を見合わせ、首をひねったりうなったりした。 「いくつのときに、ここに連れてこられたの?」 「僕、十二歳」 「僕も」 「僕は十四歳になったとき」 「僕は十歳です。美月さんは」 「僕は十二歳だよ」 「だいたい、みんなそのくらいなんですね」  うんうんと仲間意識を強めた面々は、連れてこられる前のことはあまり覚えていないけどと、それぞれ自信がなさそうに記憶を引き出した。 「忘れなさいって言われているし、覚えることがいっぱいだもんね」 「そうそう。ああでも僕、あれは覚えてるよ。家の近くにおいしいパン屋さんがあってねぇ。そこのチョコパンが大好きだったんだ」 「僕は公園かな。大きな滑り台があって、みんなで順番に滑って遊んだ」 「学校で遠足に行ったのがたのしかったよ。なんかね、山に行ったんだ。なんて名前かは忘れたけど、川が流れてて、そこで泳いだんだ」  出てくるものはたわいない思い出ばかりで、美月の求めているものではなかった。しかし誰もが目をキラキラとかがやかせて、次々に記憶を引き出しては思い出をなつかしんでいる。その姿を見ていると、なぜか美月の目の奥がジワリと熱を持った。 (どうして僕は、泣きそうになっているんだろう)  心がなにかにふさがれている。これが郷愁というものだろうか。思い出すままに話していたオメガたちも、しんみりしてきた。 「……また、お外で遊びたいなぁ」 「子どもっぽいって笑われるぞ」 「でもさぁ」 「スナック菓子とか、ここに来てから食べてないな」 「ハンバーガーとかも、ぜんぜんだよ」 「食べたいね」  しゅんとしたオメガたちに、美月は顔を近づけるよう合図した。護衛たちは和真の部屋にいるから、どんな相談をしても聞かれる心配はない。 「外に、出てみようか」  美月の発言に「えっ」と大きな声を上げたオメガの口を、あわてて手のひらで押さえる。 「しずかに」  真剣な目で告げて、うなずいた相手から手を離す。 「でも、どうやってですか」 「わからない……けど、外に出てみたいと思ったんだ」 (僕たちが知らない外の世界を、祐樹は知っている。それを知らないと、いけない気がする)  ここにいるオメガの誰もが知らないことを知りたい。たとえわずかな知識でも、ないよりはずっといい。そのためには外に出て実際に見てみることだ。 (新聞を読んだりしているから、世の中のことは知っているつもりでいたけれど、そうじゃない。新聞に載っていないことを、祐樹は知っている。それを知りたい)  自分の目で、館の外を確認したい。その上で祐樹と話をしたい。彼が言いよどむものを知りたい。そしてそれは、きっと和真も知っているものだ。 (僕だけが知らないなんて、くやしいじゃないか)  目の前のオメガたちも、きっと知らない。それだけじゃなく、館にいるオメガのほとんどが、知らないままでいるよう教育されている。 (そうだ。知らずにいるよう、隔離されているんだ)  気づいた美月は身震いをした。平穏でおだやかな天使の館が、おぞましい空間へと変貌する。  青ざめた美月に、オメガたちは無垢な瞳を向けてくる。犬や猫とおなじと言った祐樹の声が頭に響いて、美月はこぶしを握りしめた。 「外を、見たい」  つぶやきに、僕もと同意が寄せられた。 「ここに来てから、街に出たことなんてなかったよね」 「勉強が終わってアルファに引き取られるまで、外には出られないって」 「寮だって教えられたよ」 「僕は、ここが新しい家になるからって」 「手紙も出せないしもらえないし、来てすぐのころはさみしかったなぁ」  忘れていたものを呼び覚ましたオメガたちは、視線を交わして異口同音に「外に出たい」とつぶやいた。それをしっかり受け止めて、美月は胸にこぶしを当てる。 「僕も、外に出たい。外の世界を見てみたい」 「でも、どうすればいいのかな」 「アルファに頼んで、ちょっとだけ外を見せてもらえないかな。だって、ここってアルファが運営しているんでしょ」 「でもさ、どのアルファに頼めばいいんだよ」 「わかんない」 「教官にばれたら、追い出されるかも」 「追い出されたら、家に帰れる?」 「僕たちをここに入れるかわりにお金をもらっているから、それを返せって言われるんじゃないかな」 「いくらくらいだろ」 「わかんないけど、僕、お金ないよ」 「僕も。ここにいたら、お金いらないもん」 「うん」  どうしようと誰もが暗い顔をする。外に出れば、なにをするにもお金が必要になる。それをどうやって手に入れればいいのか。 (外に出る方法があったとして、お金がなければどうにもならない)  それくらいのことは、外で過ごした十二年の間に知り覚えていた。外に頼れる人でもいればいいが、そんな相手はどのオメガも持っていない。館に連れてこられる時点で、あらゆる縁を切るよう言われるからだ。家族の住んでいる場所まで戻れたとして、その家族が受け入れてくれるとは限らない。手切れ金として、館からそれなりの金額を受け取っているのだから。 (僕の両親も)  思い出そうとしても、美月は親の顔すら思い出せなかった。名前もぼんやりとしているし、住所はさらに記憶にない。ほかのオメガもおなじようなものだろうと、美月は彼等を順番に見て、いい案はないかと考え込んだ。  無言のまま時間が過ぎていく。誰もが口を開かず、妙案が出てこないかと待ちながら考えている。 「部屋にあるものを、売ったらどうかな」 「え」  ぽつりと出た案に、誰もがすがる気持ちで顔を上げた。 「質屋って、あるだろう? どこにあるかはわかんないけど、なにかお金になりそうなものを部屋から持ち出して、それをお金に変えたらどうかな」 「お金になりそうなものって、なに?」 「僕、ペンダントをもらったことがあるよ。それ、売れるかも」 「それじゃあ、僕は時計かなぁ。もらったけど使っていない懐中時計があるよ。すごく細工がキレイなんだ」 「僕は髪留めがある。なんか石がいっぱいついてて重たいから、使ってないんだ」 「そういうものなら僕もあるけど、質屋に行くまではどうすればいいんだよ」 「それは……それをあげるから質屋まで連れていってって、誰かに頼めばいいんじゃないかな」 「じゃあ、いっぱい売れるものを持って出ないと」 「どのくらいいるんだろう」 「わかんない」 「でも、みんなのぶんを合わせたら、一日くらいはなんとかなるんじゃない?」  それだ、と誰もが顔をかがやかせ、発言したオメガは得意そうに胸をそらした。 「じゃあ、あとはどうやって外に出るかだよね」 「いつ出る?」 「いつでもいいよ。――護衛はどうしようか」 「連れてはいけないよね」 「それじゃあ、護衛が離れている間ってことになるよね」 「授業中ってこと?」 「それしかないって」 「でも、みんなクラスが違うよ。どうやって集まって外に出ればいい?」 「――祐樹に相談してみようか」 「それは、だめだ」  すかさず拒否した美月に、どうしてと疑問の目が向けられる。 「祐樹に言えば、止められそうな気がするんだ。祐樹は外を僕たちよりも知っている。ここに来たのは十八歳だって言っていたから」 「そういえば、あたらしい子なのにおおきいなって思ったなぁ」 「うんうん。祐樹くらいだと、出ていくもので、入ってくる年齢じゃないもんね」 「だから、祐樹はきっと外がいやで、だからそんな年齢で館に来たんだと思う。それで相談をしたら、止められると思うんだ」  美月の説明に、なるほどとオメガたちがうなずいて、それなら自分たちで計画を決めなくちゃならないなと額をつき合わせた。 「それで、どうすればいいのかな。どこから外に出られそう?」 「やっぱり、アルファにお願いするしかないんじゃない」 「そうしたら護衛もいっしょに行くことになるじゃん。それだと自由じゃなくって、つまらなくない?」 「だけど、僕たちだけで外に出るのは、ちょっと怖いよ」 「あのさ」  右手をおずおずと持ち上げたオメガが、全員の視線が集まったことを確認してから続きを言った。 「小学校で、社会見学っていうのがあったんだけどさ。それみたいなかんじで、アルファに外に連れていってもらえたりなんかできないかなぁ……って、思ったんだけど」  なるほどという顔と、ええーっという顔が並んで、発言したオメガは肩をすぼめて右手を下げた。 「それだと監視つきで、意味なくない?」 「でも、監視がないままでって前提はないよね」 「自由がないっていうかさ、つまんなさそうじゃん」 「だけど、それなら外出許可の問題も、お金の問題も解決できるよ」 「頼めそうなアルファに、心当たりがあるのかい?」  美月の質問に、発言者のオメガは自信なさげにうなずいた。 「川村さんっていうアルファなんだけど。みんな、知ってるよね?」 「知ってる知ってる。体がまるい人だよね。すごくやさしい人」 「うんうん。いっぱいお菓子をくれるんだけど、あんまり食べ過ぎたら教官にしかられて食事制限されちゃうんだよねぇ」 「いっつもニコニコしてて、僕たちがおしゃべりするのを聞いてくれる人」 「ほかのアルファとは、ちょっと違うよね。ほんわかするっていうか、なんていうか」 「それは、おじいちゃんだからじゃない?」 「おじいちゃんってほどじゃないって。おとうさんでいけると思うよ」 「でも、感じはおじいちゃんだよ。川村さんって、みんなにやさしいよね」 「うんうん。お願いしたら、聞いてくれるかな」 「たぶん、美月さんもいっしょにみんなでお願いしたら、聞いてくれると思う。自由はないかもしれないけど、外に出るだけなら、それでなんとかならないかなぁ」  うーんと考えるオメガたちに注目されて、美月は決定権をゆだねられたと知った。 (アルファが先導しての外出なら、不便はないだろうけど自由もない。それでは祐樹が知っていることは見せてもらえなさそうだね)  きっと、アルファにとって都合の悪いことだろうから。  そう予測しながらも、ほかに方法はないので乗るしかないかと美月の気持ちがかたむく。 「でも、もし断られたら、そんな願いを持っているって教官に知れて怒られそうだよね」 「黙って出ようとしたって怒られるに決まっているんだから、どっちにしたっておなじだろ」 「それは、そうだけどさ」 「僕はその案でいいけど、美月さんは?」 「言ってみる価値は、あるかもしれないね。だけど」  視線を和真の部屋に向ける。こんなことを考えていると知ったら、和真はどんな反応をするだろう。 (アルファに言って、そこで計画を知られるよりも、さきに和真に相談をしておいた方がいいのかな) 「護衛に相談するかどうか、悩んでいるんですか?」 「ああ、うん。そう……だね。川上さんに言うのなら、護衛もそれを聞くことになるだろう? 前もって伝えておくか、言わずにおくか。それも重要なんじゃないかと思ったんだけど、君たちはどうかな」 「僕は……どっちでもいいです。聞いてもアルファが決めたなら、それに従うと思うし。断られたからって、僕たちがこんなことを言っていたって、教官に告げ口したりはしないと思う」 「ビックリされるかもだけど、アルファに呼ばれた部屋の中でのことは言わないよね」 「うん。僕の光明も言わないよ」 「僕の康介だってそうだよ」 「みんな、護衛を信頼しているんだな」 「美月さんだって、そうでしょう? でないと護衛を変えてほしくないなんて思いませんし」 「うん、そうだね。――ああ、そうだ。護衛戦で護衛が変わるかもしれないって話から、ずいぶんと違う話題になってしまったね」  おだやかに美月が言うと、ほんとだねと誰もがクスクス笑って肩を寄せ合った。秘密を共有したことで、同士意識が強まっている。こんなふうにほかのオメガと過ごせるなんてと、美月は胸を震わせた。 (それもこれも、祐樹が僕に声をかけてくれたからだ)  彼のおかげで新たな関係を築けている。そんな相手に外出をしたいなんて相談をして、迷惑をかけるわけにはいかない。そんな考えもあって、美月は祐樹への相談を拒否したのだった。 (それに、やめておけって言われそうだし)  それもまた本心だった。 「じゃあ、いつ川上さんに言う?」 「明日、川上さんがきたら声をかけてみようか」 「でも、財前さんも来たら――」  どうしようと視線で問われて、美月は「それじゃあ」と提案した。 「川上さんと先約があるってことにすればいいんじゃないかな。僕はべつに、財前さんの専用ってわけではないから」 「そう……なんですか」 「てっきりそうだと思ってました」 「僕も」 「もしもそうなら、とっくに引き取られているよ。財前さんは僕を引き取るつもりはないんじゃないかな。だから、みんなと遊んでいる中に、僕を呼んでいるのかもしれない」 「でも、ほかのアルファは美月さんを呼ばないでしょう?」 「それは、みんなとおなじで僕が財前さんのものだと勘違いしているだけだよ。これをきっかけにして、ほかのアルファからも声をかけられるようになると、うれしいな。だって、このままだと僕は、引き取るつもりもない人の専用扱いで、ずうっとここを卒業できなくなっちゃうからね」  その発言は美月が思うより説得力があったようで、誰もが同情と憐れみと納得をないまぜにした顔つきになった。 「美月さんって、じつはとっても不自由だったんですね」 「特別扱いされてるって思っていたけど、その逆だったんだなぁ」 「いままで誤解していて、ごめんなさい」 「美月さんのためにもなるなら、怒られても川上さんに言ってみるだけ言ってみよう」  そうだそうだと盛り上がる彼等に感謝を示して、そろそろ体をキレイにしないと夕食の時間になってしまうねと時計を見る。 「それじゃあ、明日。川上さんがきたら声をかけるってことで」 「オメガから声をかけて、怒られないかな」 「川上さんなら、大丈夫。僕がまず声をかけるから、みんなは中庭の東の木陰に集まっていて」 「わかった」 「じゃあ、そういうことで」  計画を決め終えて、美月は和真を呼んだ。すぐに護衛たちが部屋から出てきて、裸身のオメガたちに手を伸ばす。 「みんなでお風呂に入るのは無理だから、順番にしよう。その間、お茶を飲んでおしゃべりしていようか」  美月の提案に、はーいと元気な返事が起こる。 「ですが、あまりお菓子は召しあがりすぎないように。夕食を食べられなくなりますからね」  やんわりとした和真の注意に、今度は肩をすくめての返事が上がった。 「それじゃあ、まずは誰からお風呂に入ろうか」  計画の実行を胸に秘めてワクワクしながら、美月はそれを悟られないよう普段通りを心がける。  そんな美月の横顔を、和真がもの言いたげな目で見つめていた。

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