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第14話

 四角く切り取られた窓から見える街並みは、目新しくもなつかしい。整然と並んでいる建物の列を、ワゴン車の中からながめるオメガたちの目は、めいっぱい開かれていた。なかには口までポカンと開けて、外の景色をながめているオメガもいる。  そのなかで美月は、頬杖をついて静かな高揚ととまどいを胸に抱えていた。  これほど簡単に許可がだされるとは思っていなかった。川上はよほど信頼が厚いのだろう。  翌日、それぞれのクラスに別れてから教官に呼び出され、集められた。誰にも話さないと条件をつけられて、ワゴン車に乗せられて館の外に出た。しばらくはカーテンが閉じられて外を見ないよう指示をされたが、一時間ほどして館の外部施設に到着をしてからは、窓の外を見学してもいいと許可が下りた。  和真たち、護衛の姿はない。かわりに川上が雇った護衛と教官数名が同行していた。どうして護衛はいないのかと問うた美月に、鍛錬に出ていない護衛がいれば、美月たちの外出を悟られるからと答えられた。オメガたちが教官に呼ばれるのはめずらしくないが、護衛が鍛錬を欠席するのは目立つのだそうだ。  そういうものかと受け止めた美月は、それ以外になにか理由があるのではないかと疑った。 (やっぱり僕は、疑り深くなっている)  あるいは物事に興味を持ちはじめたのか。  館の外の景色は無機質で、そのなかに大勢の人が行きかっていた。誰もが難しい顔をしている。笑顔の人間もいるにはいるが、たいがいが無表情だ。  通り過ぎ、流れていく人々の顔に共通しているのは、誰もが周囲にいる人間を意識していないことだった。どうしてだろうと美月は考え、これだけ広い空間で、大勢の人間がいると全員を気にしてなどいられないと結論に至った。 (館の中だけなら、だいたいいつもおなじ顔だけど、これだけ人がたくさんいたら、そんなこともないんだろうな)  あるいは館の授業ように、カテゴリごとに集まる場所があって、そこでは周囲の人間を意識しているのかもしれない。 (不思議だな)  これだけ多くの人間がいるのに、館に入れるオメガはわずかだ。外を歩いているのは、きっとすべてベータだろう。なかにはオメガも交じっているかもしれない。しかしきっと、アルファはいない。 (アルファは特別だから)  こんな、ひとまとめに掴めそうな人並みの中にいるはずがない。  そんなことをつらつらと、思うともなしに考えていると、立派なビルの駐車場にワゴン車は滑りこんだ。ガラス張りの建物は午前中の光を反射してまぶしかった。光の塔だと誰かが言って、すごいすごいと車内のテンションが高くなる。外の景色がどれほどめずらしくても、車の中にずっといては退屈する。やっと外に出られると、オメガたちは態度で言っていた。 「わあー!」  降りたオメガの歓声がコンクリートの壁や天井に反響して、尾を引いた。それがおもしろいと、ほかのオメガたちも「わあーっ」と声を出して、自分の声がこだまするのをたのしんでいる。美月は目元をゆるめつつ、視界の端でニコリともしない教官の厳しい顔を見ていた。 「やあ、いらっしゃい」  駐車場の奥にあるエレベーターホールに川上が現れた。 「おまねき、ありがとうございます」  教官が頭を下げたので、オメガたちもそれにならった。 「いやいや。こちらも刺激になるし、うるわしい君たちの姿を見れば、開発部のみんなもインスピレーションを得られるだろうから。車の中は退屈だったろう? さあ、行こうか」  はいっと元気な声を出して、川上にいちばんなじんでいるオメガが走り寄る。それにつられて、ほかのオメガたちも集まり川上を囲んだ。美月はオメガと教官たちとの間に自分を置いて、なんの飾り気もないツルンとした壁や天井を見回した。 (館とは、大違いだ)  外の世界の建物は、これが普通なのだろうか。それともここはそういうふうに、わざと作っているのか。 (僕の知っている建物は)  家具があり、棚があり、いろいろなものが置かれていた。ここは駐車場から上へ行くためだけの空間だから、なにもないだけかもしれない。 (花のひとつも飾らないんだね)  やってきたエレベーターは銀色の箱だった。磨かれた壁に自分たちの姿が映る。とても広いそれは、川上とオメガたち、教官や護衛が乗っても窮屈にはならなかった。 「おっきいですね」 「材料なんかを大量に運ぶからねぇ。そのために大きくて頑丈に作られているんだよ。人間だけを運ぶなら、この半分か、それよりもっと狭いものだったりするんだよ」 「へえ」 「そういうものは、銀色の壁じゃなくて、模様があったり、絵がかけられていたりする、おもしろいものもあったりするんだ」 「そっちも乗ってみたいです!」 「はは――いずれまた、ね。今日はとりあえず、お菓子の研究開発を見よう」  はーいと年齢よりもおさない返事がエレベーター内に上がって、川上はニコニコしながら傍のオメガの頭を撫でた。撫でられたオメガは飼い主に甘える子犬のように、うれしそうに身を寄せる。 (犬や猫のように……か)  祐樹の言葉を思い出した美月の口が苦くなった。 (僕はそれも、確認したい)  しかし今回の外出で、それができるかどうか。教官の監視もあるし、主目的は“お菓子の研究開発を見学する”なので、自分たちオメガがどう認識されているのかを知るのは難しいかもしれない。 (だが、外部の人間との接触という点では、ちょっとした前進かもしれないな)  エレベーターが止まり、姿が映りこむほどピカピカに磨かれた廊下を進む。天井も壁も床もすべてが真っ白で、ドアの上についているプレートがなければ、おなじ場所を延々と歩いている気になりそうだった。  あまりにも館とは違う雰囲気に不安になったのか、オメガたちは身を寄せ合って手をつなぎ、川上から離れないようまとわりついている。 「さあ、ここだ」  川上が立ち止まったドアのプレートには、商品開発部と書かれていた。ノックをしてから引き戸を開けた川上が「やあ」と片手を上げると、おはようございますと元気なあいさつが返ってくる。ひゃっと首をすくめたり、興味津々で室内をのぞいたりするオメガたちを、川上は「どうぞ」と手のひらで招いた。 「おじゃまします」  ぞろぞろとオメガたちを先頭に教官や護衛が入ると、すぐにドアが閉められた。商品開発部の室内は広く、甘い香りが漂っている。鼻をうごめかせるオメガの姿に笑顔を向けて、体の大きな白衣の男があいさつをした。 「いらっしゃいませ。ここは川上社長が経営する、洋菓子店シャ・クシネの商品開発部です。みなさんが、社長の天使たちですね。今日はよろしくおねがいします」 「おねがいします」  練習をしていたわけでもないのに、美月のほかのオメガたちは声をそろえて頭を下げた。美月は無言でわずかに会釈する。 「僕はここの部長で、水沢亮介といいます。移動で疲れたでしょうから、まずはあたたかいお茶とお菓子をどうぞ」  水沢の合図で社員たちがお茶と茶菓子を用意する。わあっと席に着いたオメガたちは、遠慮なく焼き菓子に手を伸ばした。 「このケーキも、ここで研究したんですか?」 「そうですよ。どんな材料をどのくらいの配分で使うのか、いろいろと考えて作ったんです」 「このチョコレート、ちょっとにがい」 「それは、お酒に合うものをコンセプトに開発されたものなんですよ」 「じゃあ、こっちは」  わいわいと質問も交えてのお茶会を、教官たちは隣の席で茶を喫しながらながめている。ときおり教官と川上が声を落としてなにやら話している姿が、美月は気になった。 (ここにいる人たちは、みんなベータなのか)  見た目ですぐに、それとわかる特徴があるわけではない。アルファもベータもオメガも、見た目はおなじ種族の人間でしかない。 (対等……か)  和真の言っていたことはこれだと、果物の砂糖漬けを口に含んで美月は観察する。体格や造作の差はあれど、おなじ人間であることに変わりはない。それがなぜ、優劣のある階級制度になったのか。 (能力のせいだな)  すぐにそうとわかったが、実感としては理解できなかった。美月はアルファのなにが優秀とされているのか知らなかったし、希少種であるオメガがどうして劣等種とされながら、一部のオメガは優遇されているのかを教えられていなかった。 「さて。そろそろ、お菓子はどうやって作るのかをみんなに見てもらいましょうか」  オメガたちを調理台に集めての説明がはじまる。美月はそれを上の空で聞きながら、もっとなにか、せっかく外に出たのだから認識を深める――あるいは改める知識を得られないかと、教官と護衛たちに注意を払った。 (目を盗んで外に出る……なんて、できないのかな)  窓に目を向ける。そこから外へ出るのは無理だ。ドアの横には教官と護衛が立っている。 (駐車場の、車に乗るまでの間なら)  走って逃げて、しかしすぐに掴まるだろうと美月は落胆した。 「僕もやってみたい」 「それじゃあ、手伝ってくれますか」  生地作りにオメガたちも参加して、しかし美月はそこに混ざらず彼等の様子をただ、見ていた。こうしていると、誰もが平等だ。ますますアルファ・ベータ・オメガの優劣の差がわからなくなる。 「美月」  教官に呼ばれ、そちらに行くと耳打ちをされた。 「あの中で、あなたの目から見て天使にふさわしくないものはいますか」 「え」 「川上さまはこれを機に、三人ほどを引き取りたいと申されています」 「三人も……ですか」  前例がないではないが、引き取られるのはだいたいひとりが通例だ。 「おどろくのもわかります。しかし、川上さまには年頃の息子さんがおふたりいらっしゃいまして。成人の祝いにそれぞれひとりずつ、そしてご自身のなぐさめにひとりほしいと望んでおられます」 「それを、どうして僕に相談するんですか。決めるのは川上さんでしょう?」 「川上さまは、みんなかわいいとおっしゃっているんですよ。ですからその中で、いちばん引き取り手がなさそうな子を、と」 「それなら」  美月は皮肉めいた笑みを浮かべた。 「僕がいちばん、そうじゃないですか。引き取り適齢期の上限に近いうえに、呼んでくださるのは財前さんのみ。その財前さんも、僕を幾度も呼んでいるのに引き取りの意思は示さない。――ねえ、そうでしょう」  それは、と教官が口ごもる。 「川上さまは、なるべく普通の子をと、お望みなんです」 「ふつう?」 「そう、普通です」  “ふつう”を“普通”と理解するまで、美月はちょっと時間がかかった。天使の館に集められるオメガは“普通”ではないうつくしさを有しているもののはず。それなのに“普通”がいいとは、どういうことか。  反応のできない美月をどう受け止めたのか、教官は美月を連れて廊下に出た。 「美月。あなたは特別です。館の中で、美月よりもうつくしい天使はおりません。館きっての美貌を有するあなたは、特別中の特別なんです。だからこそ、いまの護衛が見つかるまでの間、特別措置を取っていたのだし、あなたがいるからと多額の寄付をしてくださるアルファがいらっしゃいます。なにもしなくとも、ただ館にいるだけで多くのアルファの関心を買い、手を伸ばさずに求められる存在は稀なんですよ。天使の館に入れるオメガは、それだけで特別だと知っているでしょう? そのオメガたちのなかでも、さらに特別なのが、あなたなんです」  教官の言葉を吟味して、美月は慎重に口を開いた。 「それは……つまり僕は、どのアルファにも引き取られず、館に寄付をしてもらうためにいづつけなければならない。そういうことですか」 「ああ、そうではありません。気を悪くしたのなら謝罪します。美月、あなたもいずれ引き取られることになる。しかし、その相手は川上さまじゃない。そういうことです」 「それなら」  館の生活に染まっていないことを“普通”と表現するのならと、美月はひとりだけ思い当たるオメガの名を口にした。 「ここにはいませんが、祐樹はどうですか? 普通の定義が僕にはわかりかねますが、館の中で彼は異質に分類できる。そういうのが普通ってことですよね」  教官は左で笑い、右で苦い顔をした。 「あれは、また特殊ですね。祐樹は祐樹で特別なんですよ。天使たちの中では異質ではありますが、彼でなければならないアルファもいるんです」  どういうことかわからない美月に、教官は「ともあれ」とすこし強めに言った。 「川上さんが引き取るオメガは、あなた以外のここにきているオメガから選びます。さあ、どうですか、美月。どの三人が、ふさわしいでしょう」 「なぜ、僕に聞くんです」 「交友が深いから、彼等に誘われて川上さまと歓談をしたのでしょう?」 (そう思われているのか)  これまで人付き合いと言えるほどの関係を築いてこなかった美月が、誰かに誘われた。それだけで仲がいいと判断されたらしい。 「そう……ですね。ですが僕は川上さんが望む、普通の定義がわからない。どうですか? ためしに外を散策して、そこでの行動で選んでいただくというのは」 (これはチャンスだ)  真実と願望を交えての提案に、教官は眉根を寄せて悩んだ。 「教官も護衛もいますし、すこしくらいなら問題ないのではありませんか? ここでは館にいらしてお茶をするのと、そう変わりないい姿しか見ていただけないでしょう」 「川上さまは館の上得意先でもあるし、そのくらいの融通は利かせても……いいや、しかし」  ブツブツとこぼす教官に、美月は「それじゃあ僕は戻ります」と声をかけて室内に入った。オメガたちが生地を型抜きしている。 「あっ、美月さん! 美月さんもやりましょうよ」  声をかけられた美月は、鳥の形をした金型を受け取って作業に混ざった。  焼けたクッキーをわいわい食べてくつろいでいると、川上が肉厚の手を打ち合わせて全員の視線を集めた。 「昼食は、ここからすこし行ったところにある、レストランのテラス席を予約したので、そこに移動しましょう」 「でも、まだお昼にははやいですし、クッキーを食べたばかりで、お腹すいてないですよ」  片手を伸ばして発言したオメガに、そうだねぇと川上が同意する。 「ですから、公園の中にあるレストランを予約しました。そこで遊んだり散歩をしたりしてから、お昼ごはんにしましょう」  公園と聞いて、オメガたちは喜色のさざ波に彩られた。美月も静かに興奮する。建物の中ではなく、外の世界の空気に触れられる。そう思うと、すぐにでも発ちたくなった。それは美月だけではなかったようで、ひとりのオメガが急いでお茶を飲み干して立ち上がると、ほかのオメガたちもそれに習って川上の傍に集まった。 「いろいろと、ありがとうございました」  開発部の人たちにあいさつをしてエレベーターに乗り、車に乗り込む。どんな公園なのかと想像をふくらませるオメガたちの声で、車内はとてもにぎやかだった。  三十分ほど走って到着したのは、立派なゲートのある海辺の広場だった。公園と聞いて大きな遊具を期待していたオメガは落胆し、海を見るのがはじめてのオメガは飛び跳ねる。それぞれの反応を、川上は祖父のまなざしで包んでいた。 「ひとりにはならないように」  教官の声に「はーい」と元気よく答えながらも、オメガたちは海へ走っていく。そのうしろを護衛が追った。美月は景色をながめつつ、のんびりとゲートをくぐって公園内に足を踏み入れた。  ゲートにはシーサイド広場と書いてあった。案内図には小高い丘や草原、ちょっとした林に休憩所などが載っていた。その端に、レストランの姿が描かれている。 「ここはイベントなんかがあると、ステージが設置されて屋台も並ぶ場所なんだよ。なにもない日は、おおくのベータたちの憩いの場になっているんだ」  美月の隣にならんだ川上の言葉に、へぇと美月は眉を上げた。なつかしげな川上の横顔にたずねる。 「いらしたことが、あるんですか」 「子どもがちいさなころには、何度もここに遊びにきたものだよ。ときどき、移動動物園がやってきてね。今日がその日なら、よかったんだけどねぇ」 「移動、動物園……ですか」 「そう。アヒルやウサギ、犬や猫。インコもいたかなぁ。そういう動物たちを連れているんだ。おおきなものだと、ヤギやポニーなんてのもいたなぁ。ポニーには子どもが乗ることもできて。いや、なつかしいな」  ふんわりとした川上の雰囲気につられて、美月の唇がほころぶ。 「教官から聞いたかな」 「あの中から、三人を引き取るという話ですか」 「そう。自分で決めればいいのだけれど、どの子もいい子だから決めかねてね。だから今回の誘いというか、おねだりというか。とてもありがたかったんだ。館の外での彼等を知られるからね。まあ、そのために教官や護衛たちには苦労をかけているんだろうけど」 「――あの」 「ん?」  美月はまっすぐ、体ごと川上に向いた。 「川上さんは、アルファらしくないですよね」 「どういう、ことかな?」  視線を落として言葉を探す。 「僕たちを対等に扱おうとしているというか……なんというか」  やわらかなまなざしを額に感じて、察してくれていると美月は顔を上げた。言葉を重ねなくとも、川上なら質問の内容を理解して答えてくれる。それをそのまま瞳に乗せて見つめれば、うーんと川上は首元に手を当てた。 「おなじ、人間だからね」  そして、はしゃいで追いかけっこをしているオメガたちに顔を向けた。美月もそちらに視線を投げる。晴れ渡る広い青空の下で、オメガたちが歓声を上げて走り回り、じゃれあい、船を見つけて海辺に駆け寄り、両手をおおきく振っている。 「館のオメガたちは、とても純粋に育てられている。そのために世の中のことをよくは知らない。――勉強をしていることは知っているよ。だけど、知識と現実は違うからね」  船に手を振ったオメガたちはまた、追いかけっこをはじめた。通りがかった散歩中の犬に気づいて、声をかけている。なにもかもが、館の中しか知らないオメガたちにはめずらしく、館に連れてこられる前の記憶を刺激されてなつかしい。教官たちは遠巻きにオメガたちを見守っている。 「そんな彼等と過ごすのは、とても心がなごむんだ」 「犬と遊ぶように、ですか」  川上はちょっとおどろいて「どうだろう」と首を揺らした。 「かなしいことに、オメガをペットと考えているアルファはすくなくないよ。だからこそ、そうなれない子を引き取りたいんだ」 「それが、普通という基準になるんですか」 「館に入った時点で、普通ではなくなっているとはわかっているよ。ただねぇ、そうだなぁ。ああでも、やっぱり私もアルファだからね。心のどこかでオメガをペットのように考えている節がある。そこが、美月くんは気になっているのかな」  視線を戻され、美月もオメガたちから目を離した。 「よく、わかりません。僕たちは館で教わるものがすべてで、そこでは僕たちは特別で、アルファに引き取られることこそが幸福だと、愛されるようになることがすべてだと言われていますから」 「うん、そうか」  オメガのひとりが美月を呼んだ。美月は軽く手を上げて答えてから、川上に頭を下げてそちらへ向かう。たのしそうに輝く笑顔にせかされて、美月は駆け足になった。  そこに、いきなり大勢の男たちが駆け寄ってきた。 「――っ!」  声を発するよりはやく、男たちはオメガを取り囲んで抱え上げた。教官が叫び、護衛が走る。美月にも腕が伸びて、乱暴に肘を掴まれた。 「くっ、なに――っ、う」  けたたましい破裂音がして地面がはじけ、煙がもうもうと舞い上がる。景色が白くおおわれて、叫ぶオメガたちの姿がぼやけた。護衛と男たちの怒号が飛び交い、もみ合う激しい音が聞こえる。 「おとなしくついてこい」  肩を押さえつけられた美月は、中腰の姿勢で引っ張られた。足がもつれて倒れかける。それを別の男の手が支えた。 「気をつけろ。傷がついたら価値が下がるぞ」 「わかってる。それならおまえは足を抱えろ」 「わかった」  身をよじって逃れようとするが、おそろしいほど強い力が体にかかっている。叫ぼうとした口にタオルが突っ込まれ、美月は声も出せなくなった。それでも体を魚のように跳ねさせて逃れようと抵抗すると、首の後ろに重たい衝撃が走り、煙に白くもやっていた視界が漆黒に塗りつぶされた。

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