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第3話-2

 流されるままに階段の上まで背中を押されて、佑は部屋に押し込められた。  しかたなくベッドの上に座ると、珠樹は床に座って佑の足に体を乗せた。 「あのな、俺つきあってるつもりないんだけど」  一瞬珠樹の瞳の光がすっと失われる。  彼はたまにこんな表情を浮かべる。すぐに元の笑顔に戻るので、今まで自分は気付かずにこんな顔をさせていたのかと思うと、胸がひっかかれたようにぴりりと痛んだ。 「今つきあってる人いないでしょ。じゃあ僕でもよくない?」 「ね?」と笑って佑の顔をのぞき込んだ珠樹の表情が微かに歪んだ。佑は一瞬目を見張ったが、すぐに顔を背けて珠樹から視線を外す。 「なんで知ってんだよ」 「……気づいてないと思ってたの?」 「誰かに言ったり、したのか……?」 「言うわけないでしょ」  俯いて、小さな声で答えた珠樹の肩は震えていた。佑は膝に両腕をつき、手で顔を覆うと、大きく安堵のため息を吐き出した。その態度に珠樹の頭がさらに俯く。 「フラれた女の心配してるの?」  珠樹は「バカみたい」と吐き捨てた。しかし、言葉とは裏腹に、震える唇をへにゃりと曲げて、今にも泣き出しそうな顔をしている。佑は口を引き結んでもう一度珠樹から顔を背けた。 「まだ好きなの?」 「……お前には関係ない」  そっぽを向いたまま、ひんやりとした声で答える。珠樹の肩がピクリと震えて、シャツの胸元をわしづかんだ。  佑は珠樹の声が不安定に揺れている事に気づかない。 「……関係……ない……んだ。そっか……」  えへへと寂しそうに笑う。少し身を乗り出して、珠樹は佑の顔を覗き込んだ。 「僕……佑の事、なんでも知りたいよ?」 「俺が言いたくねえんだよ。幼馴染だからってなんでも言うわけないだろ」  再び視線を外そうとして、ギョッとした。ぼろぼろと珠樹の瞳から涙が溢れだす。目をぎゅっと閉じて、溜まっていた涙を落とすと、珠樹は泣きながら、えへへと笑った。 「ごめん……僕、勘違いしちゃったかな」  ぐっと一瞬顔を顰め、すぐ笑顔に戻る。 「報われない想いを、抱え続ける辛さは、知ってるから……佑も同じなのかなって……だったら、僕が、ぎゅうって……して……っ」  我慢していた声が漏れて、珠樹は佑から見えないように顔を背けた。 「あれ、おかしいな……泣くつもり、なんっ……」 「ご、ごめん」と片手で口元を覆い、声を押し殺して喉をひきつらせた。  佑は大いに焦った。珠樹の肩を掴み軽く揺する。しかし、珠樹は顔を背けたまま、押し殺せなかった声をかすかに上げて、ふるふると震えていた。 「ごめん。ごめん珠樹。嫌な言い方したよな。ごめんって。なあ、泣くなよ……」 「……っ泣いてっな……ひっ」 「思いっきり泣いてんじゃねえか」 「佑、弱って……から、チャンスだと、思ったんだよぉぉ……」 「……おい。本音出てるぞ」  ぐすぐすと鼻をすすってなかなか泣き止まない。佑はがしがしと珠樹の頭をかき回した。泣き止ませる方法がわからずに、佑はぽんぽんと珠樹の頭を軽く叩く。 「悪かったよ。お詫びにキスしてやるからこっち向け」  ぴたりと、泣き声と目をこすっていた珠樹の手の動きが止まった。  ゆっくりと顔をこちらに向ける。 「……え……?」 「今回だけだからな。泣きやめよ」  まるで泣き止んだらご褒美あげるからな、とでも言いたげだ。佑は珠樹の肩を抱き寄せた。 「ほら」  手をぱたぱたとさせて、珠樹を呼んだ。珠樹の顔が寄ってくると、顎を掴んで上向かせる。ぎゅうと唇を押し付けると、珠樹の体がびくんと跳ねた。すぐに口内に舌が割り込んでくる。泣いていたのは嘘じゃないのかと疑ってしまうほどの切り替えの早さだった。  てか、なんか体押されて……。  キスを「してやってた」はずなのに、今は珠樹に唇を押し付けられている。自分が火をつけたのだから当然の結果だが、佑は自分が何を言ったのか、いまいち理解していない。びっくりさせれば泣きやむと思ったのだ。  とうとう押し倒されて、珠樹が顔を離して佑を見下ろした。泣き濡れた顔で嬉しそうに笑っている。残っていた涙がぽとりと佑の頰に落ちた。  下心があるにせよ、珠樹は慰めようとしてくれていただけなのだろう。冷たい自分の物言いに罪悪感を覚える。しかし。この状況は違うのではないか、と今さら認識した。  あれ、なんでこうなってんの?  佑は結構バカだった。  許されたと思った珠樹は何度も唇を重ね合わせてくる。非難の声をあげようにも、離れた唇はすぐに戻ってきて、息を吐き出すのが精一杯だ。佑は唸りながらばしばしと体を叩いた。しかし珠樹は物ともせずに、するりとシャツをくぐり抜け、脇腹に手を這わせてくる。佑はどん、と思い切り珠樹の体を突き飛ばすと、衝撃で少し離れた珠樹の顔を手で掴み、グイグイと押し返した。 「調子のんな!」 「……チッ」  おい、今舌打ちした!?

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