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第4話
何度拒まれてもめげない珠樹と、何度襲われても学習しない佑は、相変わらず学校から帰ると、佑の部屋でごろごろとしていた。
床に座ってベッドにもたれかかり雑誌を読んでいた珠樹が、軽く顔を上げて佑を見る。佑はベッドの上に寝転んで漫画を読んでいた。
「ねえ、佑のお父さんとお母さんいつ家にいるの?」
毎日のように佑の家に上がりこんでいるが、他に人がいた事がない。昔は珠樹が遊びに来るたびに佑の母が甘いお菓子を用意してくれていた。佑に兄弟はいないので、両親が仕事に出ていれば、帰ってきた時に誰もいないというのはわかるが、結構な時間まで佑の部屋で珠樹がぐずぐずしていても、家はしんと静まっていた。
「んー? 深夜と早朝?」
ぺらぺらとページをめくりながら、さして考える様子もなく答える。
「ええ、それって寝る時間あるの?」
珠樹が驚いて声を上げるが、佑は特に気にしていなかった。
「忙しいんだってさ。どっかで寝てるだろ」
それは。と珠樹は思った。
それはほぼ一人暮らしと言ってもいいのではないか。という事は、ヤリ放題……いや、ヤリたい放題……どちらも同じだ。何にせよ、誰にも邪魔されない空間にずっといたという事だ。今まで。そしてこれからも。
「ごはんとかどうしてるの?」
うずうずしながら佑の様子をちらりと見やる。佑は珠樹の言葉には上の空で、漫画に熱中していた。
「……適当に」
ちょっと邪魔しないでくれというオーラを出しながら、漫画から目を離さない。珠樹はお構いなしに佑の体をぐいぐいと引っ張った。
「僕が作ってあげる!」
下心満載で珠樹が声を上げる。佑は諦めたように、ようやく珠樹の方を見た。
「お前そんなスキルあったっけ?」
しかし珠樹はほとんど聞いていない。
「何とかなるよ、きっと。そんでお泊りしてー一緒に……」
えへへとにやける珠樹。
夕食など二の次だった。
「……身の危険しか感じないからいい」
「えー……」
珠樹はむうとふくれて「なんでだよう」と佑の背中をばしばし叩いた。
そういやこいつ、中学半ばぐらいから泊まりに来なくなったな。なんか生々しい……。
そこでふと、佑は思った。まだ背中を叩いている珠樹へ顔を向ける。じっと見つめていると、ようやく手を止めて不思議そうに首をかしげた。
「どうしたの?」
「お前俺に入れて欲しいとか思ってんの?」
「え? 僕が入れたいって思ってるよ?」
きょとんとした顔に佑は思わずあきれた声を出してしまった。
「……その顔で何言ってんだよ」
「顔関係ないでしょー」
まあたしかにそうなんだけど。
「つーか、ケツにブチ込まれるとかぜってー無理」
ぞわりと体を震わせると、珠樹はぎゅうと佑のシャツを引っ張った。
「それって僕とする事想像したの?」
「え?」
「僕とセックスして入れられるとこ想像したって事だよね?」
「ちょ、え? え?」
ずいずいと顔を突き出してくるので、佑は起き上がり、両手を前に出して距離を取っていく。珠樹の膝がベッドの上に乗った。
「すっごく気持ちいいんだよ?」
「お前やった事ねーだろ。嘘つくなよ」
「ほんとだよ?」
ずい、と再び顔を寄せてくる。後ろに下がろうにも、佑の体は壁にぶつかってしまっていた。
「おい! ケツ触んな! ちょっとずつ押し倒してくんじゃねーよ!」
膝を立てて牽制すると、珠樹は体を乗り出して佑に顔を近づけてきた。それを手で阻止しながら、じっと珠樹を見つめる。
「なあ」
「ん?」
「お前慣れてるよな」
「…………」
そんな事ないよ、と言ってくれる事を期待していた佑は、黙ってしまった珠樹にショックを受けた。珠樹は表情をなくし、一瞬瞳の光が消えた。
「え……?」と半笑いで佑は珠樹を見上げる。
「俺の事ずっと好きだったって」
言ってたよな、と言う前に珠樹が口を開いた。
「ずっと好きだったよ。今だって好き」
じゃあなんで、と佑の顔には書いてあった。じゃあなんで、他のやつとそんな経験してるんだ、と。ずいぶん勝手な考えだ。
珠樹は小さくため息をつく。佑から体を離してベッドにぺたんと腰を落とした。佑も体を起こし、壁に背をもたせかける。
「本当に、ずっと好きだったよ。でも自分でもよくわかんなくなっちゃったの。佑への好きが、ただの憧れなのか、恋愛感情なのか。男が好きなのか、そうじゃないのか」
珠樹は俯けていた顔を上げた。
「だから確かめちゃった」
えへへと笑ってはいたものの、いつもとは違い眉根がよっていて、泣いている様に見えた。佑は強張った顔で、珠樹を見つめている。
「そんなのどうやって知り合うんだよ」
「それはまあ、そういうところで」
珠樹は必死で笑みを保とうとしているが、失敗していた。佑の視線が痛すぎて、今にも泣きだしそうだ。珠樹の歪んだ顔は側にあるはずなのに、佑はなんだか遠くのものを見ているように感じた。
「そういう顔すると思ったから言いたくなかったんだけどなー……」
「一回だけ……」
だよな?
佑は小さく口をあけ、しかし言葉にできずに閉じてしまった。
珠樹はまだ、半分泣いて半分笑った顔で、俯いている。ひくりと口の端が引きつった。
「しばらく続いたよ。優しい人だったからちょっと勘違いしちゃって」
表情が見えないほどに俯いてしまった珠樹に、佑はかける言葉を見つけられずにいた。手を伸ばして珠樹に触れようとして、しかしその手も下ろしてしまう。
珠樹は佑の反応にぐっと息を詰める。
「でも凄い自信だね。俺の事ずっと好きだったんじゃないのかって言いきっちゃうなんて」
膝の上でぎゅっと拳を握り締めると、顔を上げずにぼそりと呟いた。
「……好きでもないくせに」
その言葉は、佑には届かない。
「え?」
「ごめんね。まっさらじゃなくて」
珠樹は顔中に笑みを浮かべて泣いていた。こぼれそうになる涙をごしごしとぬぐう。佑はもう一度手を上げかけて、やはり下ろしてしまった。
「そんなつもりで言ったんじゃ……」
佑のかすれた声は、宙をさまよって消えてしまう。
「僕もう帰るね」
珠樹はさっさと立ち上がると、鞄を手にして振り返らずに出て行ってしまった。
佑は自分の心に浮かんだ感情がどういうものなのかわからなかった。嫉妬かもしれない。独占欲と言ってしまってもいいのかもしれない。そうだとしたらずいぶん驕った感情だ。つきあう気すらないと言っておきながら、自分以外の人を好きだった時期もあったのだと思うと、手中に収めていたものをかすめ取られた気がした。
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