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第6話-2
がちゃりと玄関のドアが開いた音がしたが、佑は顔をあげなかった。
遠慮がちにノックの音が聞こえ、珠樹が呼び掛けてくる。
「ねえ、佑、開けていい……?」
佑は返事をせずに、さらに深く膝に顔を埋めた。
しばらくじっと返事を待っていた珠樹が、そっとドアを開けた部屋に入ってきた。
佑はベッドの上で膝を抱えて泣いている。声を押し殺してはいるが、抑えきれずに小さくしゃくりあげる声がもれている。
珠樹は側に寄り、ベッドに乗って佑の頭を触ろうとして、しかし躊躇して手を下ろした。
「佑、泣かないで。ごめん、ごめんね」
ベッドに手をついて、なるべく側に寄りすぎないように注意しながら声をかける。佑はゆるゆると頭を振った。
「そんなにすぐに忘れられるわけないよね。佑が傷つけられるのを見て、腹がたったんだ。酷い事、言ったよね……」
「ごめん」と珠樹の口から小さい声が漏れた。
佑は再びゆるゆると頭を振る。ぎゅっと膝を抱える手の力を強めて、顔を上げずに何度も頭を振った。おずおずと伸ばされた珠樹の手は、佑に触れようとして、やはり躊躇って下ろされてしまう。
かすかに震える声で珠樹は言った。
「気持ち悪い思いさせてごめんね」
「違う……」
かすれた声で佑がつぶやく。
「もう近づかないから。もう好きだなんて、言わないから……」
「嫌だ!!」
佑は勢いよく顔を上げ、珠樹の腕にすがりついた。
「俺、そんな事思ってない。気持ち悪いなんて思ってない」
珠樹が戸惑って、腕を掴まれたまま佑を見下ろす。
「さっきは、同情されたことが悔しくて……あんな、思ってもない酷い事を……」
両腕を掴んでいた手を離し、珠樹の肩にしがみついた。涙に濡れた顔で珠樹の肩を揺さぶる。
「ごめん。ごめん。もう謝ったぐらいで取り返しがつかないのはわかってる。でも、嫌だよ俺……。珠樹を失いたくない……」
顔を俯けて、うううとひと際大きな嗚咽をもらした。
珠樹はじっと佑を見下ろしている。何も言わない。
佑は絶望して、両手を離した。
「ごめん……」と、小さな声で再び謝る。珠樹の心に突き刺してしまった言葉はもう消えないけれど、言わずにはいられなかった。
いつから珠樹がこんなに大きな存在になっていたのだろう。
いや、分かり切ってる。
そんなの、初めからだ。
恥ずかしそうに俯きながら母親の足に半身を隠して、小さな声で名前を告げる珠樹を見た瞬間、彼は佑の一番になったのだ。
そんな珠樹を失おうとしている。
さっきの自分を殺してやりたい。
「…………それで泣いてたの?」
かすかに震える声で、やっと珠樹が小さく呟いた。佑は顔を俯けたまま頷く。
「あの女に傷つけられた事が悲しくて泣いてたんじゃないの?」
ぶんぶんと頭を振る。珠樹が小さく息を吐いた。
「僕がいなくなるのが嫌で、泣いてたの……?」
佑はぎゅっと目を閉じて、こくこくと頷いた。
息を飲む音が聞こえた。ぐいと肩を引き寄せられ、抱きしめられる。
「大丈夫だよ、佑。僕はどこにも行ったりしないから。ずっとそばにいるから」
佑は恐る恐る顔を上げる。珠樹は体を少し離して微笑んだ。
「泣かないで?」
そう言っている珠樹の方が泣き出しそうに見えた。
もう一度強く抱きしめられる。
「僕があんな女の事なんか忘れさせてやる」
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