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第5話「歯車クロニクル」
「ふざけんなッ」
今更だ。
「戦争はキレイ事じゃねェんだ!」
代わりに行く奴がどうした。ハナから承知だ。父に頼むと決めた時から。
知覧に行く奴が、山本の代わりに死ぬ。
「それでいいんだよッ」
見ず知らずの奴を助ける気はない。
見ず知らずの奴を助ける余裕はない。
戦争なんだ。
「俺たちは戦争してるんだ」
これが戦争なんだ……
(どうして目を逸らしてたんだろう)
こんな現実が起こるまで。
分からなかった。
気づかなかった。
気づこうともしなかった。
目の前にいる親友 すら、救えない。
救えば、代わりに誰かが死ぬ。
だが。
それでも。
「零戦に乗るのは、誰でもいい。
捨て駒だ。
お前でなければならない理由がない。
お前は捨て駒になりたいのか。そんな事、俺がさせない。誰でもいい捨て駒なんかに、絶対させない。俺はッ」
お前でなければならない。
「お前だから、助けたいんだ!」
「俺を助けたら、代わりに誰かが犠牲になる」
「犠牲はやむを得ない」
見ず知らずの命のために、お前の命を譲るつもりはない。
「そんな事したら、さ……」
突き出した拳を、そっと。
「お前のここ、悲鳴を上げちまう」
俺の左胸に当てた。
不意討ちだった。
ふわり、と……
春風のような微笑みは。
「今は、そうする事が正しいと思ってても。将来、苦しむ」
俺のせいで、お前の未来を奪いたくない。
「お前には、ずっと笑っててほしい」
卑怯だ。
こんなところで、微笑むなんて。
こんなふうに、微笑むなんて。
はにかんで。
柔らかに。
許せない。
(俺は……自分を)
己の非力さが許せない。
「世間一般には捨て駒だけど。それでも、俺が飛ぶ意味を分かってくれる人がいたらいいんだ。
そう考えるとさ、俺でなきゃダメなんだ。
俺が飛ぶ事で、お前の未来は続いていく」
飛ぶ。
お前を守れるのは、俺だから。
俺じゃなければならない理由はあるんだ。
俺しかできない。
「……ちがう」
ちがうんだ、山本……
(俺の未来なんて、どうでもいい)
「元はと言えば、お前がここに来たのも俺のせいだ!」
山本が零戦訓練生になった原因は、俺だ。俺が満州配属になったから、山本が下命を受けた。
俺のために、気心の知れた幼馴染みを傍に付けたに決まっている。
父が配属を軍に。
(上奏したんだ)
きっと……
俺さえいなければ、山本が零戦飛行兵になる事はなかった。そうしたら知覧に向かう事もなかった。
俺の責任だ。
(俺が山本の運命を狂わせた)
「お前を救うのは……」
俺の……
「義務だ」
拳を包む。
指が触れ、節張った関節に触れて。
掌が触れる。
心がヒリヒリしている。震えている。
幼い頃からの親友に拒絶される事を、恐れている。
(山本も薄々気づいているだろう)
俺のせいで、自分の運命の歯車がギシギシ音を立てて壊れゆく事に。
………許してくれないかも知れない。
この手は、ほどかれて。
もう俺を見てくれないかも知れない。
目を伏せた。
見るのが怖い。
ヒリヒリと過ぎる無言の時間 が痛い。
刹那に、風が駆け抜けた。
「えっ」
俺は空を見ている。
(どうして)
拳は弾かれて、彼を包んでいたはずの手は、俺の頭上にあった。
地面に縛られている。
彼の手で。
がっしり、ホールドされて身動きできない。
空と俺の間に、彼がいた。
(俺……)
山本に組み敷かれているのか?
なんで?……って考える間もなく、漆黒の瞳が降りてくる。
さっきまで、見る事もできないくらい怖かったのに。
もう目を逸らす事ができない。
ドクン、ドクン
俺の意識は吸い込まれる。
呼吸も忘れて。
ドクン、ドクン
心臓の音だけが五月蝿 い。
ドクンッ
意識が、瞳に溶ける……
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