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第8話「揺らぎ」
いるわけない……
二人で話した土手は、すっかり影に飲まれている。
チロチロと仄かに燃える月の火が、草の露に濡れていた。
すぐに戻る……と伝えたが、思いの外、時間がかかってしまった。
待っている訳ない。こんな時間まで待つ程、あいつもバカではないだろう。
「満月か」
極星の光さえ、虚ろに魅せる輝きが疎 ましい。
(落ちればいい)
この手の中に。
真ん丸な月は、ボールに似ている。
「打てなかったな」
二死満塁。一打で逆転サヨナラの大チャンス。
……バットは三回、空 を切った。
「あいつの球が打てなかった」
手をかざした。
月が落ちてくる訳ないのに。
幼い頃、キャッチボールして遊んだ野球ボールになって、この手の中に落ちてこれば……
あの日に帰れる気がした。
「それってさ、小学校最後の試合だよな?」
風が満月を落とした。
雲が空に浮かんだ月光を隠す。
グイッ、と足首を引っ張られて土手になだれ込んだ。
だけど痛くない。
俺の体重を受け止める、あたたかな体温があって……
「デッドボール投げたらどうしよって。すげー緊張したんだゼ」
山本………………
「つまり手加減して投げた球を、俺は打てなかったのか」
「そうじゃなくって。万が一、腕に当てたら、お前がピアノ……弾けなくなるから」
なぁ、聞かせてくれよ?
お前のピアノ……
「無理言うな。ここにはピアノがない」
「それでも聞きたいんだ。お前のピアノが」
あるのは鼓動だけ。
俺は今、山本の胸の上に横になって、山本の心音を聞いている。
メトロノームのように。
拍動のリズムが、時を刻んでいる。
「いつからいたんだ?」
「藤堂が行ってから、ずっとかな」
「お前はバカか」
「ま、途中で眠くなって寝てたけどな」
「じゃあ、いつから起きていた?」
「『満月か』って聞こえたところから」
寝てないだろう。
「タチ悪ィ」
それでも、俺は親友の胸元から動けない。大きな掌が俺の髪を撫でる。
「俺さぁ…………」
クラリと視界が反転して。
雲間から現れた月を、俺は見ていた。
俺の胸元に、山本の頭がある。
「靖国になんか行きたくねぇよ」
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