颯真に手を引かれるままシティホテルに連れ込まれた美弦は、部屋の中央に置かれたダブルベッドに腰掛けて足を組んだまま、床に跪く颯真を見下ろしていた。 「お前に全部話す！　もう、情けはいらない。お前がイヤだというなら俺はキッパリ諦めるっ」 　そう言うなり、スーツの上着を脱ぎ捨てると、ネクタイを引き抜き、その場に両膝をついて頭を下げた。 　安い絨毯に頭を擦りつけたまま、今までの経緯をすべて話した。 　三十二歳である今でも童貞であること、遺伝子変異であと数週間でメス化してしまう事、そして……。 「――藤原。お前のことを……本気で、す……好きになってしまった、らしい」 　最後の方は聞き取れないほどに声が震えていた。緊張と不安が入り混じった告白は、颯真にとって人生で初めての経験だった。 　何かと誘われる事が多かった彼ではあったが、自分から誰かに告白したという経験はなかったからだ。 　明莉と付き合ったきっかけも、彼女の方からのアプローチだった。 　今に思えばくだらないプライドを振りかざし、自分がどれだけ尊い存在だったとアピールしてきたのだろう。 　蓋を開けてみれば、世間知らずの箱入り息子で、しかも人間関係もまともに構築出来ないつまらない人間だった。 　人の気持ちも考えず、自分のエゴだけで生きて来た三十二年間が、どれほど貴重な時間だったのかを、ここ数ヶ月の間に突き付けられたような気がして、颯真は溢れそうになる涙をぐっと堪えた。 　ここに入ってから一言も言葉を発していない美弦を、颯真は恐る恐る顔を上げて見つめた。 　彼は黙ったまま、颯真の話を聞いていた。その表情は真剣で、難攻する商談時に時折見せる、相手の弱点を見抜くかのように細められた鋭い視線が颯真に注がれていた。 「――じゃあ、俺も全部バラしちゃおうかな」 　互いに見つめ合ってからどのくらい経ったのだろう。不意に美弦が砕けた口調で明るくそう告げた。 「バラ……す？」 「そう。会社的にはノンケで通してたけど、俺……ゲイなんだよね。どっちもイケるクチなんだけど、ここ数年は“バリネコ”してる。最近は俺の目に叶ったタチが見つからなくて、大人しくしてたんだけど……」 「へ？　ネコ……？」 　ポカンと口を開けたまま呆ける颯真を無視して、美弦は続けた。 「正直、主任みたいな男に抱かれたいって下心はあったけど、女性にモテまくりで噂も耳にしてたし、男を抱くなんてことはないだろうなぁって諦めてた。でも、あの夜……ゲイだって分かって。なんだろう……ホッとした自分がいた」 「そ、それでなぜ……俺の誘いを断ったんだ？」 　美弦は少し寂し気に目を伏せながら、薄い唇をキュッと噛んでからポツリと呟いた。 「あなたの想いが見えなかったから……」 「え？」 「俺、一晩だけの関係でもそうなんだけど、相手が俺の事好きだって分かってないとイケないんだよね。ただ闇雲に『ヤリたい』……ってのは体が受け付けない。短い時間でもいい、それでも俺を好きでいて欲しいんだよ」 「藤原……」 「ワガママでしょ？――俺って女王様体質だから。優しくされないとイヤ、大切にされないとイヤ。無茶して傷付けられるのは絶対にイヤ。何人もの男と関係を持って学んだ知恵。自分が一番大事だって思ってるから。あの時の主任、とにかく突っ込みたいって言ってたし……。あぁ、無理だぁって」 　足を優雅に組み替えて、わずかに首を傾けた彼の髪がさらりと揺れる。 　組んだ膝の上に手を置いて、自嘲気味に唇を緩ませる。 「――ねぇ。さっき言ったこと嘘じゃないって自信ある？」 　チラリと挑むように上目遣いで颯真を見る美弦は、高級娼婦のように気高く気品に溢れていた。 　圧倒的な色気を見せる彼に押され気味だった颯真だったが、ゴクリと唾を呑み込むと黙ったまま力強く頷いた。 「じゃあ……俺にキスして。主任がどれだけ俺のこと想ってるか教えてよ」 　颯真は誘われるままにゆっくりと立ち上ると、ギシリとスプリングを軋ませて美弦の隣に腰を下ろした。 　広く開いたワイシャツの襟からのぞく鎖骨をチラリと見てから、彼の腰に手を回し、もう片方の手を頤に添えると戸惑いを見せながらも顔を傾けた。 　美弦の薄い唇にそっと自らの唇を重ねる。それは思ったよりも柔らかく、ホッとする温かさを感じた。 　自分が出来うる限りの優しさで何度も啄みながら、彼が迎えてくれるのを待つ。 　舌先で閉じたままの唇を数回ノックして、わずかに開かれた隙間から彼の中に忍び込むと、滑らかに動く舌が颯真の舌に絡まってくる。 　クチュリと音を立てて、互いの唾液をなめ合い、歯列をなぞり、きつく吸い上げる。 「ん……っ」 　不意に漏れた美弦の吐息を逃さないように、更に深く舌を差し入れると、首に両手を絡ませて力強くしがみついた。 　密着した胸元で二人の鼓動が重なる。それはシャツの生地を通してもハッキリ聞こえていた。 「――自分がゲイだと自覚した時に決めたんだ。絶対にバリタチになって可愛い猫ちゃんを啼かせてやるんだって。だから……俺はメスになんかならない」 　唇を触れ合わせたまま、掠れた声で囁く颯真の声に目を閉じたまま耳を澄ます美弦がいた。 　ゆっくりと目を開け、すぐ近くにある颯真の目に映る自分に笑みを浮かべると、彼の唇にやんわりと歯を立てた。 「試してみる？」 「え……」 「颯真って呼んでもいい？　いいよね？」 「ああ……。構わない」 「こんなに優しいキス、初めてかもしれない……。俺、颯真になら抱かれてもいいって思った」 「藤原……」 「美弦って呼んでよ。俺、あなたのこと認めたんだから。――完全無欠の強い上司が童貞で、しかもメス化のカウントダウンに怯えて精神参ってるの見せられちゃったら放っておけないでしょ。ズルいよ……あんな切なげな顔見せるなんて。俺のせいなのかなって真剣に悩んだ。それなのに、無自覚にメスのフェロモン振りまいて、得意先の奴に尻触らせて平気な顔してる。俺の気持ち気付いてなかったの？　ホントにクズ野郎って思ってる上司のフォローなんて、俺は絶対にしないんだからね」 　ムッとしながらも、嬉しそうに目を細めた美弦は颯真の唇に噛みつくようにキスをした。 　今まで口に出せなかった嫉妬と想いを思い知らせるかのように、深くねっとりと舌を絡ませて。 離れていく二人の唇に引いた銀色の糸が切れる前に、颯真は美弦をベッドに押し倒していた。 　美弦は膨らんだ場所を自身の掌でそっと撫で上げると、上から見下ろしている颯真に言った。 「颯真のメスフェロモン、凄いんだね。ここ……もう我慢出来なくなってる」 　美弦の手に重ねるようにして颯真もその部分に触れると、クスッと肩をすくめて笑った。 「フロアの連中の様子が朝からおかしかったのはこれのせいか。俺、自分では全然分からないんだけど」 「すっごく甘い花の匂い。昔、嗅いだことのある媚薬の匂いに似てるから気づいた。――実は、俺もさっきまで知らなかったんだ。アキさんが教えてくれて、やっと腑に落ちた。彼も颯真と同じ遺伝子変異でさ……」 「そうなのか？」 「ああ。彼の場合は颯真よりも早い二十代後半だった。家の事情もあってメス化することを選んだんだよ。だから、男であって男じゃない。そういう症例を持つ人は国から特別優遇される。戸籍の関係とか、就職先、助成金も……。もし子供が出来たら、その養育費も支給されるらしいよ」 「国の関係機関って言ってはいたけど、最初は新手の詐欺だと疑ってた……。そんな事ならもっと早く美弦に相談すればよかったな」 「考え直す？　今ならまだ間に合うよ？」 　颯真は美弦のベルトを緩め、スラックスの前を寛げて、下着ごとスラックスを引き抜くと、薄い下生えを濡らして震えるペニスをそっと掌で包み込んだ。 「ん……っ」 　その感触に息を詰めた彼を見ながら自身の体を下方へ移動させると、真っ赤に充血した先端に舌を這わせた。 　そして挑戦的な目で美弦を見上げて、これ見よがしにキスを繰り返した。 「何をだ？」 「童貞喪失……っ。んんっ……メス化すれば……んあ……お金には、一生……困らないっ」 「バカを言うな。俺だってもう、我慢の限界なんだから……」 　しっかりとした芯を持った美弦のペニスを丁寧に舐め、口に含んで舌を絡ませると、シーツを掴み寄せて甘い声をあげる。 　いつかした妄想の中でしかなかった彼の細い腰が吸い上げと同時に浮き上がり、形のいい尻のラインが露わになると、すかさずそこに手を差し入れてやんわりと撫でてやる。 「いやぁ……颯真っ」 「前だけじゃ我慢出来なくなって来たか？淫乱な仔猫ちゃん」 「バカぁ！俺は……っく、淫乱、じゃ……ないっ」 　溢れ出る蜜を啜りあげながら、ゲイ専門チャンネルで学んだテクニックを思い出す。 　後孔に流れた唾液と蜜をヒクついている蕾にたっぷりと塗り、ゆっくりと指先を沈めていく。 　今までに何本もの見知らぬ男のモノを咥え込んだその場所は柔らかく、しっとりと濡れていた。 　颯真は嫉妬心を抱きながらも、気を抜いたら爆発してしまいそうな欲情を必死に抑え、円を描くように閉じたままの蕾を解していく。 「んあっ……そこ、きもち……いいっ」 　クチュクチュと音を立てて二本の指で入口のあたりを掻き回してやると、美弦は顎を上向かせて歓喜の声を上げた。 　その余韻を残しつつ、グッと奥まで一気に突き込むと、中にあるコリッとした部分に触れる。 「ひあぁぁぁっ！」 　ビクンと打ち上げられた魚のように体を跳ねさせた美弦の体のラインをなぞる様に上方に体を滑らせると、蕩けた目が何ともいやらしい。 　すっかり膨らんだ胸の突起をワイシャツごと甘噛みすると、小刻みに痙攣させ腹に付くほど反り返った先端から白濁交じりの蜜をトプリと溢れさせた。 　その間も蕾への愛撫は止まることはなかった。 「颯真……も、頂戴……っ」 「ちゃんと解さないと傷付けることになる」 「平気……だからっ」 　今までの経験からか、余裕を見せつける美弦に少しだけ苛立ちを感じながらも、颯真は自身のベルトを緩め、すぐにでも暴発しそうなくらい膨らんだ愚息を取り出すと、ポケットから取り出したコンドームのパッケージを口に咥えた。 　それに気づいた美弦がすかさずコンドームを奪い取ると、ベッドの下に落としてしまった。 「おいっ」 「いらない……」 「マズイだろ？」 「俺を信用してない？」 「そうじゃなくて……っ」 　美弦は二人の間に手を差し込むと、かなりの硬度を持った長大なモノを愛おし気に撫で上げると、フフッと照れたように笑った。 「おっきい……。颯真のこれ、俺の中に入っちゃうんだぁ」 「触るな……出る……だろっ」 「これ、ホントに誰のところにも入れてない？　横山社長にも……」 　颯真は俯きながら首を横に振った。普段後ろに流しているこげ茶色の長い前髪が落ち、その隙間から覗く野性的な目に美弦は息を呑んだ。 「お前の中に入れさせてくれ……」 　トクンと大きく跳ねた心臓の音を誤魔化すように、美弦もまた強請る様に甘い声で囁いた。 「――中で出して。颯真のものだってマーキングして」 「あぁ……。美弦、愛してるよ」 　すっかり潤んだ美弦の蕾に硬い先端が押し付けられる。それだけで期待が膨らみ、息が上がっていく。たっぷりとした質量がグッと押し込まれ、顎を仰け反らせて息を吐き出す。 　それでもなかなか入っていかない颯真のペニスに焦れたのか、美弦は自ら動いて腰を沈めていく。 「んあ……あぁぁ！　お……っきぃ！」 「だいじょうぶ、か……」 「壊れちゃう……っ。そう、ま……のチ〇コ、硬くて……はぁぁぁんっ」 「ぐぁ……キツイ……ッ！も……少し、イケる、か……。はぁぁ……ヤバい！　ヤバいって……これっ」 　颯真を迎え入れた美弦の中はしっとりと濡れ、熱く、絡みつくように蠢動しながら、奥へ奥へと引き込まれていく。 　馴染んできたところで腰を揺すると、大きく張ったカリが彼のいい所を掠め、男とは思えない嬌声を部屋に響かせた。 　手や口なんかとは比べものにならないくらい気持ちがいい。今までこんな快感があっただろうか。 　何とか持たせようと奥歯を食いしばってみるが、抗うだけ無駄だと思い知らされる。 「美弦……も、ダメだ！　もたない……イキそ……っ」 「出していいよ……。颯真の初めて、俺が貰うからっ」 「あ、あ、あぁ……ヤバい……！　出る、出るっ……イ……イク、イクよっ！」 「来て……っ。あっ、あっ……あぁぁ……俺も、イ……イッちゃう……ふあぁぁぁぁぁっ――！」 「ぐあぁぁ……ぬぅ！　んあぁぁぁぁぁ――！」 　大きく膨張した颯真のペニスが美弦の最奥で豪快に弾けた。最奥に叩きつける灼熱の奔流に、美弦の体がビクビクと跳ねる。 　颯真のモノが弾けたのとほぼ同時に、美弦もまた絶頂を迎えていた。頭の中が真っ白になり、目の裏でチカチカと光が瞬いている。腹の上に放った白濁は多く、胸の飾りにまで達していた。 　粘度のある体液がゆっくりと白い筋を残しながら脇へと流れていく。 　肩を上下させて荒い息を繰り返しながら、額に滲んだ汗を拭う颯真をぼやけた視界に捉えた美弦は、力なく笑って見せた。 「早いって……」 「お前こそ……」 「今度はゆっくり……楽しませて」 「――善処する」 　息を整える間もなく重ねられた唇。長いキスの合間に想いを込めて囁いた美弦の言葉が、颯真の口内に吸い込まれていく。 「童貞喪失……おめでと」 　颯真のメス化まで残り二週間と三日、十五時間二十三分五十二秒のことだった。