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【6】
獣のように抱き合う……というのは、きっとこういう事を言うのだろう。
ベッドの下に散らかったスーツとワイシャツ、どちらの物とも分からない体液に塗れたシーツ。
そして、汗ばんだ肌に飽くことなく口づけ、いたるところに情痕を残していく。
部屋の照明の下ですべてを晒し、何度も美弦の中に放った颯真は、ぐったりと横たわる彼の首筋に顔を埋めたまま後ろから抱きしめた。
動くたびにグチュリと音を立てて白濁を漏らすその場所には、まだ勢いを保ったままの颯真のペニスが深々と食い込んでいた。
「――ホントに、童貞? あり得ない……精力っ」
呆れたような声で呟いた美弦の胸の突起を指先で弄びながら颯真が応える。
「童貞だったから……だろ? こんなに気持ちいいものだと分かっていたら、もっと早くにヤッていれば良かった」
首を捩じるようにして振り返った美弦は、眉をひそめて唇を尖らす。
「誰と?」
「この状況でお前以外……って言えると思うか?」
「俺の前で他のヤツの名前出したら容赦なく殺すからね。本気になった男は絶対に手放さないし、逃がさないから」
「お前……そういうキャラじゃなかったよな? 逆に過去にお前を本気にさせたヤツに嫉妬する」
「誰がそうさせたと思ってるの?――誰もいないよ」
「え?」
「本気になった相手はいない……。俺を『好きだ』って言ってくれる相手としか寝なかったけど、それがその場限りの嘘だってすぐに気付いちゃうから。分かるんだよ……愛撫にしても、腰使いにしても上手いこと言って性欲の捌け口にされてるって……。だから、真剣に付き合った人はいない」
「美弦、お前……。タチでもあったんだろ? その時はどうだったんだよ」
「同じだよ。『抱いてくれ』っていうから抱いてた。相手の顔も見たくないから、いつも後ろから……。キスもしなかった」
美弦があの資料室で頑なに拒み、颯真にキレた意味がやっと分かった気がした。
弄ばれ、性の捌け口にされることに耐えられなかったからだと。しかも颯真の告白を『嘘』だと見破っていた。
あの時の颯真は自身が置かれた状況を何とかしようと、プライドに縛られ、どんな手段をとっても童貞を捨てたいと焦り、美弦の気持ちなど考えることもなかった。
まして、彼がゲイであり、そういった傷を抱えていたことなど知る由もなかった。
「――すまなかった」
項に唇を押し当てて固く目を閉じた颯真は、胸に秘めていた後ろめたい気持ちを苦し気に吐き出した。
男と寝ることに長けた百戦錬磨のビッチネコかと思いきや、その内面は繊細で傷つきやすい。
「好きになりかけると捨てられる……。怖いから好きにはならない」
白く細い体を猫のように丸めて、シーツを手繰り寄せた美弦の腰を引きよせて、颯真は繋がったままの場所をより深く密着させた。
「――俺も、か?」
黙ったままシーツに顔を埋めた美弦は小さく首を横に振った。
「俺のこと、認めたって言ったよな? 本気になったら手放さないし、逃がさないんだろ? 上等だ……。俺はお前の鎖に雁字搦めに絡めとられて身動き出来なくなっても構わない。だが……」
モゾリと身じろいだ彼がシーツからわずかに顔を覗かせて、肩越しに颯真を振り仰いだ。
「俺も同じくらいお前を縛り付ける。誰にも触れさせない……。俺だけのモノだ」
「颯真……」
「だから甘えてくれ……。童貞喪失したばかりの男が言うのは説得力に欠けるがな」
喉の奥で笑うと、ぐっと腰を突き上げた。
「あは……っん」
すっかり形を覚えた美弦の中で確実に質量を増していく颯真を感じながら、しなやかに背中を反らした。
目尻から一筋だけ涙が零れたが、颯真には気付かれていないはずだ。
これほど優しく、逞しく……そして愛しい腕の中で抱かれたことがあっただろうか。
夜なんて明けなければいい。このまま時が止まればいい。
背中で彼の息遣いを感じ、同じリズムを刻む鼓動に耳を澄ます。
今まで心配してくれていたアキにはきちんと報告しよう。最高の恋人が出来たことを……。
美弦は力強い颯真の腕にしがみ付き、最奥を突き上げる振動と熱を逃がしながら、絶え間なく与えられる極上の悦びに甘く優しい声を上げた。
* * * * *
「最近の藤原くん、何だか雰囲気変わったよね? 今までは尖ってるとこあったけど、ソフトになったっていうか……」
さほど興味のない女子社員の噂話。聞く気はなくとも、最愛の恋人が話題になっていれば気にならない方がおかしい。
颯真は喫煙室でゆったりと煙草を燻らせていた。
窓際に備えられたカウンターに凭れながら、眼下に広がるビジネス街を見下ろす。
遺伝子変異が与えた恐怖のカウントダウンから解放された今、心も体も余裕を取り戻していた。
仕事も今まで通りに難なくこなし、もちろんミスもなくなった。一時は課長候補の話も上層部が困惑の色を濃くしていたようだったが、ある日を境に完全復活を遂げた颯真に皆、胸を撫で下ろしたと聞いている。
唇の端に咥えた煙草を指先で摘まんだ時、隣に心地よい気配を感じて、わずかに目を伏せた。
「お疲れ様です。主任……」
上着のポケットから煙草のパッケージを取り出しながら微笑んでいる部下に、唇の端を片方だけ上げて応える。
「商談はどうだった?」
「好感触です。このまま押せ押せで行けば落ちるのは時間の問題ですね」
「落とせるか?」
「もちろん……。俺を見くびらないでください。誰のパートナーだと思ってるんですか?」
勝ち気な栗色の瞳が強い力を湛える。
今朝、ベッドの中で気怠げに肢体をくねらせてキスを強請っていた男とは思えない。
ワイシャツの襟からチラリと見えた情痕を、伸ばした指先でそっとなぞりながら隠すと、美弦は照れたように笑った。
「――今度は俺に付けさせて」
「ん?」
「誕生日の夜は一緒にいられるんだよね?」
「祝ってくれるのか? 三十三だぞ? 何だか恥ずかしいな」
「記念日でしょ? もしかしたらメスになっていたかもしれない運命の日……」
通路から見たら耳打ちをしているようにしか見えない二人。だが、颯真の耳朶に舌を這わせながら囁いた美弦の甘い声に、颯真の下半身に熱が集まっていく。
「美弦、会社だぞ」
「ゴメン……」
小さく謝りながら体を離した美弦は、煙草に火をつけてゆったりと煙を吐き出した。
視線の端で、颯真が吸いかけの煙草を灰皿に押し付けているのが見えた。
社内では今まで通り。でも、深いところで繋がっているという安心感がある。
「先に行くぞ。先方に出した金額の詳細、あとで見せてくれ」
「分かりました」
事務的な口調で的確な指示を出した上司の指先が一瞬だけ美弦の指先に絡んで解けた。
昨夜、さんざん舐めしゃぶった指が愛おしくて仕方がない。
名残惜しそうに振り返り、広い背中を見送りながら意地悪気な笑みを浮かべる。
「――一生忘れられない記念日にしてあげるからね。颯真……」
こんなに疼くのはいつぶりだろう。力を持ち始めている場所をスラックスの上からそっと撫でて、美弦は眼下に広がるビジネス街に向かって細い煙を吐き出した。
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