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君に触れたかったんだ⑤
彼は、僕を認識すると、理科室の中に入ってきた。
「あの…、手紙くれた人…ですか?」
彼は戸惑いがちに問い掛けてきた。
彼が僕に話し掛けてくれる。夢のようだ。近くで聞くとなんて可愛い声なんだろう。
「そうだよ。僕が君の下駄箱に手紙を入れた」
僕は答えた。
手紙の相手を確認でき、少し安心したような表情を浮かべ僕に近づいてくる。
まったく、こういうところが無防備だというのに。
「あの、話って…?」
彼が僕に再び問いかける。
ずっと遠巻きに見てきた彼と会話できる日がくるなんて。
僕の心は今までの人生で一番舞い上がっていた。
「その前に、僕の事、知ってる?」
僕は質問に質問で返した。
「えっと…、その…、ごめんなさい…」
やはり僕の事を覚えてはいないようだった。彼は申し訳なさそうな顔をして言った。
まぁそれは当然だろう。ほんの数分、僕の落とした教材を拾い集めただけなのだから。
僕は一体何を期待したのか。こんなことを聞くつもりじゃなかっただろう。
「僕は君の隣のクラスだよ。まぁこんな地味な奴、わからないだろうけどね」
そう言うと、彼はなんと言っていいのかわからないといった様子で困った表情を浮かべていた。
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