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第16話

「遠野様が二人で話したいとの要望だが、粗相がないようにな」 看守に背中を押されて応接室の中に入ると、鹿狩よりも少し歳上に見える、スーツ姿の青年が目に入る。 顔を俯かせたまま、前髪の隙間から垣間見た鹿狩は、派手で整ったその顔に見覚えがあり、思考をめぐらせた。 遠野快陸(かいり)という男で、同じ大学にいたのである。鹿狩の方が飛び級をしていて、級は違ったがお友を従えていて目立っていたのでよく覚えている。 「こっちにおいで、59番だったかな。君の名前が知りたい」 優しく聞こえる声で呼び、こちらを探るように眺めている。 「.....はい」 この男に3日間抱かれ続けてた事実はあるものの、懐柔する手段が思い浮かばない。遠野の直系子孫だからかなりの権力者である。 「怯えているのかな?怖がらなくていいよ.....私は君を傷つけないからね」 まるで野生の動物でも扱うかのように、手を広げと呼び込む。 まあ、ここで扱われているようなオメガを相手にするならば、正しい接し方である。 なんとか、するしかないな。 意を決して鹿狩は遠野の座るソファーに近づくと、対面に腰を降ろそうとして腕を掴まれる。 「ねえ隣に座ってよ。ずっと会いたかったのだけど、具合が悪いと聞いていた。身体は大丈夫なのかな」 顔を隠したかったが、こんなに至近距離では、時間の問題だ。 「大丈夫です。少し風邪をひいたので」 「良かった。無理をさせてしまったから心配したのだよ。早く君を買って、私の愛人にしたくて」 遠野の人間ならば、既に決まった正妻は他にいるのだろう。 「.....愛人.....」 「でも、私は金持ちだからね、きっと贅沢できるよ。ちゃんと、薬も処方できるから苦しまないですむよ」 偉そうな口調で言いながら、鹿狩の髪を撫でるようにして、嬉しいだろうと問いかける。 「ごめんなさい。俺は、薬が効かない身体なので、薬より贅沢よりも番がほしいです」 遠回しに正妻にしろと伝えつつ、メガネの隙間から相手の出方を探る。 遠野は少し驚いた表情をするが、首を横に振った。 「私には立場があるのでね、囚人を番には出来ない。番には家柄のあるものと政略結婚させられる。だけど、君を大切にするよ.....約束する。だから顔を見せてくれないか」 メガネに手を伸ばされて、鹿狩は首を振って遠野の手首を掴む。 「醜いので、見ないでください」 「そんな、私は容姿にこだわらないよ」 「たとえ大切にされても、ヒートを抑えられないなら、辛いだけです」 番になれば、番と交わることでヒートは抑えられるが、愛人がでは意味がない。 「知り合いの製薬会社に君に効く薬を開発させよう。それならいいだろう?」 遠野も必死のようで掴んだメガネを引っ張り、鹿狩の顔を覗き込み、見知っている顔に息を呑んで目を開く。 万事休すかな。 手首を捻り返して鹿狩はメガネの先セルを遠野の眼球近くに押し付け、唇を寄せる。 監視カメラからはキスをしているようにも映る体勢である。 「君は.....か、鹿狩.....統久」 「無体なことはしたくは無かったのですが、訳あって素性は明かしていません。黙っていてください。製薬会社には総当り済ですよ」 「まさか、ここの.....」 ハッとしたように遠野は声を出すと鹿狩は首を横に振る。 「黙っていてくれたら、貴方の関与はデータから消してあげます」 眼球にセルをスレスレまで押し付けて宛然と笑う。 「待て、鹿狩、お前はオメガなのか」 「俺を抱いた貴方が1番分かっているでしょう」

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