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第2話 不遇の王太子(1)

 荘厳な王宮の中庭に、ひっそりと建つ碑がある。名も刻まれていない表面を撫で、一人の青年が膝をついて一輪の百合を捧げた。  背に流れる髪は銀糸の如く煌めき、瞳は深いジェード。天使の如く美しい顔立ちは、厳格な雰囲気と白い衣服と相まって本当に舞い降りた使者のようだ。  彼の名はユリエル。タニス王国第一王子であり、王太子である。  彼は碑の前で深く一礼をし、とても寂しい笑みを浮かべた。 「母上、この国は既に落ちるのを待つばかりかもしれません」  静かな声が語りかけるように紡がれる。だが表情は冷たく、硬いものだった。  上着の懐から小さな羊皮紙を取り出したユリエルは、再びその文面を目で追う。 『ユリエル・アデラ・ハーディング  聖ローレンス砦への赴任を命ずる。速やかに任地へと赴き、職務を全うせよ』  聖ローレンス砦は王都から北東に位置する、大陸行路の監視地だ。  昔は戦も多くそれなりに活躍をした砦だが、今はこの地まで侵略される事がなくなり、もっぱら暇な監視と取り締まりの仕事だけ。  そのような場所に王太子であるユリエルを赴任させる理由は分かりきっている。ユリエルを嫌い、危険視する役人や大臣が多いからだ。  現国王はその昔は立派な王であった。  だがある時から意欲を失い、高齢もあって力は衰えていった。今や腐敗した大臣や役人の言いなり状態だ。  ユリエルが憂えるのは、大臣や役人がこれ以上力をつけ、財をため込み、腐敗していくことだった。彼の目から見れば既に王の弱体化は深刻なレベルにある。  さっさと王位を譲ってもらうのが一番いいのだが、それもまごついて上手くいかない。ユリエルが王になれば今までのように甘い蜜を吸えなくなるばかりか、犯した罪によって我が身が危険となる大臣や役人がユリエルを廃し、弟を王太子にしようと画策している。  ユリエルは静かに瞳を閉じる。瞼の裏に映るのは先程の王の姿だった。  なんと小さく、弱く、頼りないものになってしまったんだ。  その時の事を、思い起こしていた。

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