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第22話 動向(1)

【ルーカス】  聖ローレンス砦で怪しい夜会が開かれている頃、タニス王都でも動きがあった。執務室へと入ったルーカスは、そこで満足げな顔をするジョシュを見た。 「何か分かったのか?」 「あぁ、やっとだよ。捕えた兵の一人が、王太子の居場所を吐いた」 「どこだ?」 「ここから馬で一日の距離にある、聖ローレンス砦だよ」  ジョシュは机に地図を広げ、そこを指した。大陸行路の中継地点から、ほんの少し離れた場所にある。  だが、どう考えても王太子を置くほどの重要拠点には見えなかった。 「かつてはここから各砦に兵を送ったり、物資を送ったりする重要拠点だったらしいけれどね。今は道が整備され、その役を半分以上終えているはずだよ」 「ではやはり、王太子は左遷されたんだな」  ルーカスの言葉に、ジョシュも静かに頷いた。 「捕えた兵の話によると、やはり王太子は貴族階層からの支持を得られていなかったみたいだね。政治を動かす大半は貴族出身。当然、後ろ盾の王が彼の味方につかなければ、彼の立場は悪くなる一方だったわけだ」  兵の大半は王太子を庇い、誰も口を開かなかった。口を開いたのは貴族出身だった第二部隊隊長だった。彼は身の解放を条件に口を開いたが、こういう人間をジョシュもルーカスも信用していない。今頃は虚しく天井を見つめているだろう。 「王太子は政治の腐敗を嫌う人物らしい。潔癖で苛烈。けれど実力主義で、若い者でも能力を買っていたから、兵士には人気があるみたいだよ」 「そういう人間は、政治の世界では生きづらいだろうな」  ルーカスは苦笑する。どことなく気性や置かれた状況が、自分に重なる部分があった。  ルーカスの場合、国政については安定している。継げる人間はルーカス以外にいなかったし、若い時から携わってきた。  だが、教会はルーカスを敵視している。ルーカスは宗教を隠れ蓑に不正な財を蓄え、神の教えも蔑ろにする宗教家達を危険視している。  彼らは自身の組織の中に巨大な軍を作り、神の名の元に奪われた地を取り戻すと言って代々の王を脅迫している。奴らが盾にするのはいつも、神を信仰する普通の民だ。  王太子時代から教会の持つ軍の解体を考えていたルーカスが王となったことを、現教皇は快く思っていない。それが結果、このような事態だ。 「タニスの王太子に、同情するのかい?」 「是非とも会って話がしたいとは思う。もしかしたら、良き話し相手になれるかもしれない」  まぁ、簡単な相手ではないのだろうが。 「どうする、ルーカス。必要ならば捕えに行くが」 「…いや、見張るだけに留める」  ジョシュの提案を、考えた末にルーカスは断った。 「まずは、タニス王都の支配を盤石なものにしたい。こちらも割ける兵の数に限りがある。現状のままで王都から多くの兵を出しては、足元が危うくなる」  現在、キエフ港から兵と物資を集めて運んでいるが、人の数には限りがある。今回の戦で、ルーカスは徴兵を行わなかった。一般の民にまで害が及ぶ事を嫌った結果だった。 「何より、聖ローレンス砦に行き着くまでにはいくつかの砦を越えなければならない。そうなれば、戦いは避けられないだろう。ラインバール平原の兵をこちらに回す事もできないからな」 「では、偵察の者を数名向かわせ、動きがないかを見張らせる。動きがあった時には、また考える。それでいいかい?」 「あぁ、そうしよう」  ルーカスは言って立ち上がり、執務室を出て行く。  既に夜は更けて、綺麗な月が光を地へと注いでいる。ルーカスが向かったのは、あの中庭だった。手には綺麗な水を持っている。そしてその水を、無名の碑へと注いだ。  あの日以来、ここに立ち寄り水を手向ける事が日課のようになっている。そうしていると落ち着くのだ。なんとなく、許される気がして。  傍の草原へ腰を下ろし、空を見上げる。ここから月は綺麗に見える。そしてふと、出会った人の影を思い出した。 「リューヌ、君は今どこにいるのだろうか。悪い者に魅入られていなければいいが」  あの日以来、月の綺麗な日は彼を思い出す。そしてふと、心が軽くなる。それを一番感じられるのが、この中庭と現在使っているあの部屋だった。  不思議な感覚だ。胸に抱くだけで温かく、そして優しくなれるなんて。こんな、緊張ばかりの日々に身を置いているのに、彼の笑みを、瞳を、声を思い出すとそれが和らぐ。 「旅か…。したいが、今は怒られるだろうな」  旅人の神も旅をしない者には加護を与えない。この城に縛られている現状では、出会う事は不可能だ。  だが思う。どうか彼が無事であるように。荒んだ人の悪しき手に、囚われてしまう事のないように。日々安らかであるように。飢える事のないように。雨風を凌ぐ場所が、与えられているようにと。

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