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第24話 動向(3)

【ユリエル】  聖ローレンス砦でも、準備は整っていた。 「まったく、貴方という人は豪胆というか、無謀というか」  溜息をついたクレメンスに、ユリエルは満面の笑みを浮かべる。それというのも、久々に大きく動けるように今回の作戦を練ったからだった。  今回、本当の目的はマリアンヌ港にでる海賊『バルカロール』を引き入れること。  それをルルエ側に知られることは得策ではない。タニス海軍を抑えた事で、現在キエフ港は海上の防御を最低限しか行っていない。  この隙をつくのが、キエフ港奪還を容易にするカギとなる。もしも海賊を引き入れたと知れれば、防御を固められてしまう。それは、王都奪還にも影響を及ぼすだろう。  そこに目が行かないように、ユリエルは派手に兵を砦から出し、中継の町ウィズリーに向かわせた。ここで、囮と本体を分けるつもりだ。  皆が問題としているのは、その方法だった。 「ルルエの密偵は、この事態を逐一ジョシュ将軍に報告していることでしょう」 「そうでなければ、こちらの作戦は半分失敗です」  ユリエルは兵達に詳しい話をしていない。「王都奪還に必要な作戦だ」として、内容は語っていない。だが、下準備をする兵に対してはこう命じていた。  こそこそと隠れる必要はなく、堂々と王太子ユリエルの名を出していい。また、宿屋の主人に口止めも必要ないと。  宿屋というのは宿泊ばかりではなく、情報を交換する場としての役割が大きい。宿屋の主人は独自の情報で宿泊客を満足させ、客はそれも楽しみにしてくる。  ただ、一般に王侯に関しては無礼講とはいかない。口止めされれば宿屋の主人も口を割らないのが一般的。  だが、そういうことこそ話したいのが世の常。口止めされなければ、宿屋の主人は話したいのだ。 「今頃宿屋では、ここに王太子が宿泊するんだと、主人がそれは誇らしげに話しているだろうね」 「こちらの蜂起を警戒している今、王太子自らが動くとなればルルエ側は穏やかではいられません。どう動くかは分かりませんが、何かしらのアクションはあるでしょう」  それこそが目的だ。馬車でウィズリーに向かい、宿に入ってそこでユリエルは変装し、事前に用意している別動隊と合流、マリアンヌ港へと向かう。そして残った兵には陽動としてユリエルの変装をさせ、適当な砦へと向かい、そこで解散させる。  ルルエ軍を陽動のほうへ、できるだけ長く向かわせたい。だが、向こうも少人数で行動せざるをえないだろう状況で、それを任される人物の目をどこまで欺けるか。そこが問題だ。 「クレメンス、砦の守りをお願いします」 「それは勿論。グリフィスは暫く荒れるでしょうけど、宥めておきましょう。シリル様の事もお任せください」  苦笑するクレメンスに、ユリエルもまた苦笑した。  案の定ではあったが、心配性のグリフィスはこの作戦に大反対した。クレメンスすらも腕を組んで無謀さと型破りさに唸ったくらいだ。当然の反応と言えた。  だが、結局は押し切った。それ以来、どうも荒れている。その荒れた彼が兵の訓練をしているものだから、厳しさ上乗せ状態になっている。 「すみません、任せます」 「お任せを」  そんな事を言っていると、扉がノックされ一人の兵士が一通の手紙を持って入ってきた。その手紙を受け取り中身を確認したクレメンスは、溜息をついた。 「レヴィンからです。準備は整っているとのことです。それにしても、これだけの内容にこんなに美辞麗句を並び立て、装飾するとは。詩人でも辟易する」  その手紙を受け取ったユリエルは、おもわず笑った。流れるような筆跡で、詩でも書きつけたような内容だった。 「『涼やかなる風が過ぎる今日この頃、いかがお過ごしか? こちらは旅の途中で立ち寄ったオアシスで、女神に出会ったよ。だが、やはり月の女神がいないと締まらないね。今宵、星の寝台を用意して女神が降り立つのを待つとしよう。枕を並べ、同じ床につける日を願う』 女性を口説くにはクサすぎますし、詩人としては俗物で三流。これを私に宛てるとなると、彼は私を口説いているのでしょうかね」  レヴィンからの手紙はいつも、女性に宛てた口説き文句のようだ。読む相手がユリエルだと分かっていて書いているのだから、これは口説かれているのか。  だが残念なことに、これにはまったく心を動かされない。動いても困るが。 「敵方は既に数人入り込んでいるようですね。後は私が動けばいい。敵の人数は把握できていないようですが」 「今のところ、殿下の思惑通りですか。ですが、十分に気を付けていただきたい。貴方に何かあれば、我軍は瓦解しかねないので」 「分かっていますよ」  クレメンスの念押しに軽く笑い、ユリエルは席を立つ。クレメンスもそれに続いて、作戦決行を伝えに行った。  一人になったユリエルは自室に戻り、窓を開ける。そこからは綺麗な月が見えている。  この月を見ると、あの日の彼を思い出す。それと同時に、心が温まる。レヴィンの安い口説き文句ではない、心に迫る言葉を思い出す。 「エトワール、貴方は今頃どこにいるのでしょうね」  危険が迫っていなければいいが。そんな事を思い、心配しすぎだと苦笑する。  触れた彼の手は硬く、たこが出来ていた。剣を握る者の手だ。旅をするのだから、ある程度自衛ができなければならない。自分の身を自身で守らなければ、長く旅人など続けていられない。  それでも願う。彼が無事でいることを。健やかに過ごせている事を。またどこかで、出会えることを。  明日には動き出すというのに、ユリエルは穏やかで温かな気持ちのまま布団に入った。そして、すぐに穏やかな眠りが落ちてきた。  胸に抱くのは彼の姿、声、言葉、星を思わせる金の瞳。あの優しい瞳が見つめ、笑いかけるのを感じると胸の奥が解れ、柔らかくなる。それを感じて眠るのは、とても幸福な事だった。

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