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第25話 踊り子(1)
【ルーカス】
翌朝、聖ローレンス砦を馬車が出たことを、密偵はすぐさま報告に走った。その先は、ウィズリーの町から一キロ程離れた森の中。そこで、黒衣の青年は静かに話しを聞いて頷いた。
「王太子が動いたか」
報告の兵を下がらせ、ルーカスは真剣な瞳を向ける。そこには十五人ほどの扮装した兵がいて、それぞれが緊張した表情を見せた。
「町に潜伏させている者に伝えろ。王太子が動いた。だが、まだ動くな。奴らの後をつけ、どこへ向かうかを確かめてからだ」
「了解しました」
ルーカスの言葉を受けた兵士が一人、町へと向かっていく。それを見送り、ルーカスは木の幹に背を預けた。
「お疲れですか、陛下」
同行の兵が尋ねるのに、ルーカスは軽く笑って首を横に振った。
野宿も三日目だが、大して疲れてはいない。今は季節的にも恵まれ、夜でも焚き火で十分温かく、日中もそう日差しは強くない。森の中は風が涼しく吹き込んでくる。
何よりルーカス個人、こうした野宿には慣れている。
「美しい森だと思ってな。こんな状況でなければ、もう少し見て回りたいくらいだ」
穏やかに言ったルーカスに苦笑し、兵は一礼して下がる。それを見送り、ルーカスは涼しい風に吹かれながら瞳を閉じた。
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【密偵より】
ウィズリーは旅の者が多く留まる賑やかな町だ。規模もそれなりにある。前の町を出て夜がくる前に宿泊するなら、位置的にもおあつらえむきだ。
王太子一行が泊まる予定の宿は、町一番の高級宿の三階。王侯貴族や豪商しか泊まれないクラスの宿だ。
ルルエの密偵は身分を偽って三階に一室を取った。そこにユリエルらしい一団が入ってきたのを確認し、それとなく動向を見ていた。
すると三十分ほどたって突然、扉が内側から激しい音を立てて開いた。
「まったく、なんだって言うんだい! 呼ばれてきてみれば気に入らないなんて、いいご身分だこと。あんな男、こっちが願い下げだよ!」
「殿下に向かってなんて口をきく!」
あまりに激しい声に、隠れていた密偵は飛び上がり、そして勢いよくまくし立てる女を見て思わず見惚れた。
白い肌に、燃える様な赤毛が似合う絶世の美女だった。凛とした顔立ちに、ジェードの瞳は気が強そうで、薄いが形のいい唇には紅が塗られている。首の隠れる薄手の赤いドレスから、大胆に足が覗いている。形のいい胸はつつましく隠れているが、はっきりと体のラインが分かった。
「旅芸人だからって見下すなんて、最低だね!」
「いいから行け!」
中にいるらしい兵士が僅かばかりの銀貨と、女の物とおぼしき外套を投げて扉を閉める。女はそれを拾うと外套を纏い、不機嫌な様子で階段を下りていった。
一部始終を見ていた密偵は急いで階段を下りたが、女は宿を出て行くところだった。そこからこっそりとついて行くと、町一番の安宿へと姿を消した。
密偵はすぐに町に潜伏している仲間を見つけ、声をかけた。
「おい、お前あの宿に泊まってるな?」
「え? あぁ」
「そこに、旅芸人は泊まっているか?」
「あぁ、いるぜ。五人程度の、陽気で気のいい奴等だ。確か、赤毛の男がいる」
「そこに、同じ赤毛の女はいるか?」
「いや、見てないな。あぁ、でも座長は女で、訳あって遅れてると言っていた」
仲間の答えに、密偵は「そいつが気になる。見ていてくれ」と頼んで、ついでに他の仲間にユリエル一行の監視を頼み、自身は急ぎルーカスの元へと向かったのだった。
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