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第27話 踊り子(3)
【ルーカス】
一方その頃、密偵から直接話を聞いたルーカスは難しい顔をした。
「旅芸人の女か…」
何とも判断がつきづらい事だが、ルーカスにはどうも違和感に思えた。
旅先で王族や貴族が現地の女性を部屋に呼ぶことはよくある。ウィズリーくらい大きな町なら、それを生業とする女性もいるだろう。時には美しいと評判の娘が呼ばれる事だってある。話を聞けばその旅芸人の女は絶世の美女。噂に上れば呼ばれるのも頷ける。
だが、ルーカスが抱くユリエルという人物像には、合わない行為だ。彼は旅先、しかも執務中に女性を買うような人物だろうか? 勿論これは、他の者の話などを聞いたかぎりの印象でしかないが。
「いかがなさいましょう?」
「…今町に潜伏している五人は、そのまま王太子を追ってくれ。お前はすまないが、その旅芸人を追ってくれ。だが、深追いはするな。俺は明日もこの町に留まる。明日の夕刻には戻ってきて、報告しろ」
「かしこまりました」
確認した密偵は、再び町へと戻っていく。
おそらくユリエルも、こちらが密偵を放っている事は分かっているだろう。普通なら早急に見つけ出し、捕えるのがいい。だが、あえて堂々と振る舞うのには何か狙いがある。砦に行くのが本当に目的なのか? 他に狙いはないか?
地面に地図を広げ、ルーカスは周辺を睨む。だがこのウィズリーという町はどこへ向かうにも丁度いい場所と距離。行ける場所は無数にある。明らかに、情報が足りない。
「今の段階では、奴らの狙いが何かを絞り込むことは難しいか」
唸ったルーカスは地図から視線を上げる。そして、その場にいる一人に声をかけた。
「すまないが、町に行って情報を集めてもらいたい。どんな小さなものでもいい、知らせてくれ。王太子に関わるものでなくていい」
「と、申しますと?」
「分からない。だが、王太子一行にばかり踊らされている気がする。奴らの話が出回りすぎている。周囲で起こっている事件や変事を集めてくれ」
「畏まりました」
言われたままに町へと向かった兵の背を見送り、ルーカスは疲れたように溜息をついた。
その夜、ルーカスは眠れぬ夜を過ごしていた。ぼんやりと空を見れば、輝く月が見える。自然と笑みを浮かべると、それを見た老兵が手に持った温かな飲み物を差し出してくれた。
「何か、月夜に良い思い出でもおありですか、陛下」
「あぁ、少しな」
飲み物を受け取って、ルーカスは老兵を労うように笑みを向ける。彼はルーカスと長い付き合いで、幼少期には指南もしてくれた相手だった。
老兵は許しを得て隣に腰を下ろす。そして、同じように月を見上げた。
「良い月が出ておりますなぁ」
「あぁ」
「誰を思って、そのように幸せそうに微笑まれるのですかな?」
詮索されて、ルーカスは困った顔で笑う。けれど、何故か悪い気持ちはしないものだ。
「タニス王都で、人に会ったんだ。月の綺麗な夜だった。俺は、月よりの使者かと思ったよ」
「それはそれは」
老兵は嬉しそうに笑う。その笑みが以前のジョシュと同じに思えて、ルーカスは苦笑した。
「お迎えに上がらないのですか?」
「お前も俺の結婚を気にしているのか?」
「それは勿論でございます。ジョシュ将軍も常々、貴方様のお相手はどのような女性が良いのかと、頭を悩ませておいでですよ」
「あれもまだ若いのに、年寄りのような」
「それだけ案じておいでなのですよ。二六ともなれば、子の一人くらい居てもおかしくはない年齢でございます」
「俺はそんなのまだいいよ」
溜息まじりに言うと、老兵は穏やかに笑う。
この老人の穏やかな空気は居心地がいい。父にあまり甘えて過ごした記憶がないからか、この老人に理想の父像を見てしまうのかもしれない。
「して、どのような女性なのですか?」
「女性ではなく、男だよ。とても清廉で美しく、清らかな人だ」
「なんと! それは残念な事ですね」
老兵は心より残念そうな顔をする。それが少し申し訳なく、ルーカスは苦笑した。
「ですが、そのような相手に巡り合えたことは良きことですよ、陛下。気になるのでしたら、男性でも傍に置いてはいかがですか?」
「彼は詩人だ、縛る事はできないさ」
「詩人、ですか。それはまた、悲しい過去をお持ちなのでしょうね」
老兵の言葉に、ルーカスは初めてそれを思い眉根を寄せた。考えていなかったのだ、世を捨てて生きるほどの苦しい過去があることを。
「私の知人にも、旅人がおりましてな。あれは良家に生まれましたが、家の争いに巻き込まれてすっかり人が嫌いになったのです。そのような思いをしなければ、縁を絶って生きようなどと思わないもの。その詩人もまた、苦しい過去がおありなのでしょうな」
それを考えると、胸が苦しくなる。美しいリューヌは、あの時ルーカスを拒みはしなかった。だがその心中はどうだったのだろう。故郷の危機を知って、居ても立ってもいられずに舞い戻り、そこで何を思ったのだろう。
「また会いたいなどと浮かれたのは、俺だけだったかもしれないな」
ぽつりと呟くと、老人は笑みを深くする。そして、しみじみと付け加えた。
「それでも私の知人は言うのです。やはり、全てを捨てきれるものではないと。時に懐かしく思い、人を訪ねると。誰かを恋しく思うものだと。その詩人もまた、陛下にそのような思いを寄せたのかもしれませんね」
老人は目尻を下げて言う。そしてルーカスもまた、その言葉に頷いた。
「次に会えたら、聞いてみるとしよう。彼の心というものを」
「それがよろしゅうございますな」
老兵は立ち上がり、傍を離れていく。
ルーカスは自然と心が落ち着いて、瞳を閉じた。そうしていつの間にか、穏やかな眠りが落ちてきたのだった。
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