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第28話 誇り高き血族(1)
【ルーカス】
翌日早朝、王太子一行を乗せた馬車はウィズリーの町を出た。ルーカスの部下もそれと知られぬように後を追った。
それより時間を空けて正午を過ぎた頃、安宿の前に小さな幌馬車が止まり、旅の芸人たちが荷を積みこんで出て行った。
これらの報告を受けてようやく、ルーカスは一人ウィズリーの町に入った。安宿を取り、近くの酒場に入る。そしてそこの主人と何気ない話を始めた。
「それにしても旦那、惜しい事をしたね」
「ん?」
昼から陽気な主人が、それは楽しそうに話しをする。それを聞くルーカスも、安い酒と温かな料理を食べながら聞いた。
「いやね、昨日えらい別嬪の旅芸人がいて、ここで踊っていったのさ。それは綺麗でセクシーでね。もう、酒場の男どもはすっからかんになるほど貢いでたよ」
「ほぉ、それは惜しい事をした」
その美人の旅芸人は、きっと昨日密偵が言っていた赤毛の女だろうと思う。皆の目を一気に惹きつけるほどの美女など、そう多くはない。
「今日はもういないのか?」
「あぁ、行っちまったよ。なんでも、港から他国に渡って芸をするとか。あの美貌ならどこでだって男が放っておかないさ」
「そんなにか?」
酒場の主人はしきりに首を縦に振る。だが、見た目に重点を置かないルーカスには、この熱気が分からない。
一応王族ということで、これまでにも多くの女性が彼を目当てに声をかけてきた。皆様々なタイプの美女だっただろう。だが、どれも心に響かなく、恋情も当然わかなかった。
「ここから港となれば、どこなんだ?」
「マリアンヌだろうな。あそこは中規模だが交易が盛んだし、他国の船も入る。だが、最近は物騒な話も聞くな」
「物騒な話?」
妙な引っ掛かりを感じて、ルーカスは問いかける。何が引っかかったのかは分からないが、気になった。
「海賊が出るらしくて、商船が襲われるんだ。被害が結構でてるらしくてな」
「海賊か」
どこの国もこうした問題はあるものだ。ルルエにも海賊はいる。だが、それは国家が抑え込むものだ。
「これまでにも軍船が出たらしいんだが、手に負えなくて逃げられちまったらしい。まぁ、狙うのは大きな商船ばかりだって話だが」
商船を襲う海賊。女旅芸人が向かった先も海賊のいるマリアンヌ。
嫌な予感がしている。だが、動くには早い。ユリエルを追った部隊と、旅芸人を追った密偵。まずは報告を待つ方がいい。どちらに向かうにしても、焦っては見誤る。
「賊といえば、ここいらにも出るようだね」
「ん?」
何かを思い出したように酒場の主人が言う。それにもう一度、ルーカスは耳を傾けた。
「いや、ここからマリアンヌ港へ続くチェリ平原に、義賊を名乗る奴らが出るらしくてね。まぁ、そう乱暴な奴等ではないらしいが」
「義賊か」
世が荒れればそういう輩も出る。金持ちなどから奪った財を、貧しい者に分け与えるのだ。そういう輩は無駄に人を殺したりはしない。大抵は目的を達すれば傷つけずに解放する。
「襲われても金目の物を出せば解放されるし、町までの食料なんかは残してくれるらしい。そのせいか、まだ討伐依頼は出てないんだが」
「割ける人員も報酬も限りがあるから、被害が少ないものは放置されるのだろうな」
ルーカスの言葉に、酒場の主人も頷いた。
酒代を置いて、ルーカスは宿に戻った。そして思案していた。今から行けば、噂の旅芸人に追いつける。行くべきか。
だが、結局は留まった。ユリエルを追った兵からの連絡が届いたからだ。奴らはここらで一番大きな砦に入ったらしい。
一行の目的はこの砦だけか。それとも、他の砦にも向かうのか。場合によっては国から更に兵を呼ぶ必要もある。いや、帰りの馬車を襲い、ユリエルを確保するのが先か。
今のところ、各砦から人を集めたとしても戦力は五分五分だろう。港から人を呼び寄せれば、ルーカス達の方が上だ。
だが、実際にやってみなければ分からないのが戦というものだ。油断などできない。
安宿の部屋の窓を開けたまま、ルーカスはベッドに潜り込む。そして、もう一つくるはずの知らせを待ちわびた。
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