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第29話 誇り高き血族(2)

【ユリエル】  ユリエル達はマリアンヌ港へと向かう道中、チェリ平原に野営を張った。  森もあるのだが、あえて見通しのいい平原に焚き火を起こし、馬車をつけている。警戒心がないわけではなく、誰が来ても返り討ちにするつもりだ。  そして現在、ユリエル以外の者はとある衝撃映像を見て固まっている。 「王太子ともあろう人が、干し肉かじってるのはどうなんだい?」  思わず口にしたレヴィンにかまう様子もなく、ユリエルは少し柔らかくした干し肉をそのままかじっている。 「いい味してますよ。まだ少し塩味が強いですが」 「いや、味の問題じゃないんだけどね」  固まっているレヴィンに構うことなく、他の面々は苦笑しつつ食事の準備を進めている。 「王族ってものは、こんな場所でも贅沢な物を好むんだと思ってたけど。姐さん、ワイルドだね」 「それはどうも」 「あの、殿…ではなくて」  一番若い兵が、手に素朴な木の器を持って立っている。器からは温かな湯気があがっている。ユリエルはオドオドする兵に悪戯な笑みを浮かべ、チョンとその唇に指で触れた。 「ユーナ、ですよ」 「あっ、はい。野菜のスープができましたので、よろしければどうぞ」  おずおずと差し出された器を受け取り、ユリエルは有難く流し込む。野菜の味が出た、素朴で美味しいスープだ。味付けは少量の塩だけのはずなのだが。 「美味しいですね。お前は料理が上手だね」 「有難うございます!」  とても嬉しそうに綻ぶような笑みをみせる若い兵は、同じように皆にスープを配っていく。 「姐さんの味覚って、とっても質素だね」 「いけませんか?」 「いいと思うけどさ。でも、普段の食事は違うでしょ?」  だが、ユリエルは首を横に振った。 「基本的に、脂っぽい食べ物は好みません。過度の贅沢もね。砦の料理番にもいいつけて、皆と同じものを食べていますよ」 「本当に?」 「はい、確かです。ユーナ様は俺達と同じものを、同じ場所で食べています。行軍の際も一緒に食べてくださいます」  一番隊の兵が穏やかに言う。ユリエル自身は隊を持たないが、グリフィス率いる一番隊とは行動を共にすることが多く、必然的によく知っていた。 「それどころか、行軍の時には他の兵に混じって雑魚寝までなさるから驚く。グリフィス様があまりに無防備で、何度もお叱りになっていますからね」 「あれは少し過保護が過ぎるのですよ。私も同じ男なのだから、何の問題があるというのです」 「いや、色々いっぱい問題ありすぎるから」  レヴィンが重く溜息をつくのを、ユリエルはおかしそうに笑う。まぁ、グリフィスやレヴィンの言いたい事も分からないではないからだ。無視するが。 「それにしても、敵さんは抜け目がないね。こっちにまで密偵をつけるなんて」  スープを啜りつつパンをかじるレヴィンが、口元にニヤリと笑みを浮かべて言う。それに、ユリエルは苦笑を返した。 「それだけ、あちらは警戒しているのでしょう。早い段階で気づけて、良かったですね」  ユリエルの瞳に暗い光が宿る。それはあまりに、食事時には適さない話題だった。  兵士なんてものはよく、食事や酒の席で武勲話をする。多少の誇張もいれて。  だが、今二人が口にしているのは武勲というにはあまりに時が近く、まだ記憶として生々しいものがあった。 「レヴィン、上手く処理したのでしょうね?」 「勿論。今頃谷間で綺麗な夜空を眺めているよ。あぁ、それとも夜空から、この地上を眺めているかな?」  こんな話を食事時に、平気でするあたりやはりこの二人は普通の感覚ではない。思わず器を置く兵もいた。  だがこの生々しさが、妙に戦をしているという自覚を与えてくれた。  平原に入れば遺体を隠す場所がない。ウィズリーを出て程なく、レヴィンとユリエルは密偵の存在に気づいた。  そこで、水場での休憩の時に森へと入り、そこで始末した。処理はレヴィンに任せたのだった。 「さて、明日は早めに出ます。船が出港するまでは、邪魔などされたくはありませんからね」  明日の昼にはマリアンヌ港に到着する。既に鳩を飛ばし、船の手配をしてある。出港は明後日の予定だ。 「そういえば、町で妙な噂を聞きました」  何かを思い出したように、配給をしている兵が口を挟む。ユリエルはおかわりしたスープを飲みながら、目線を上げた。 「妙な噂?」 「はい、昨夜の酒場で。なんでも、ここに盗賊が出るそうです」  その話は実に興味深い。ユリエルはスープを飲む手を止めて彼を見た。 「義賊を名乗っているようで、金目の物を出せば乱暴な事はしないそうです」 「古の血族らしいけれどね。何でも、妙な恰好をしているとか」 「妙、ですか?」  話を引き継いだレヴィンに、ユリエルは首を傾げる。彼の言った「古の血族」という言葉。これに、ユリエルは聞き覚えがあった。 「なんでも、顔に妙な刺青があるらしい。形や色、大きさが違うらしいけれど、全員ね。あと、名前もこの国の名前とは少し違うらしいよ」 「それって…」  ユリエルは覚えがあった。顔に刺青をした、古の一族。獣のように俊敏でしなやかな動きをする、戦闘民族だ。そしてその名は、この国の者とは異なっている。

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