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第30話 誇り高き血族(3)

 その時、一陣の風が突如吹き込んだ。それと同時に、複数の気配を感じる。あちらこちらにある岩陰から、こちらを見ている視線と気配。  それらを感じて、レヴィンは静かにユリエルを見た。 「どうやら、お客様のようですよ、姐さん」 「そのようです。歓迎せねばなりませんね」  ユリエルは笑い、レヴィンは傍についてサポートするような体勢を取る。他の面々も表情を引き締め、周囲を睨むように立ちあがった。 「座長、馬車に…」 「動きの取れない狭い場所に逃げ込むことは得策ではありません。このままここで迎え撃ちます」  雲が流れ、一時月を隠して辺りが暗くなる。そして雲が行きすぎて再び光が戻ると、そこには盗賊の一団がユリエル達を囲むように現れた。 「よう、旅人さん。ここは俺らの縄張りだ。通るなら通行料、泊まるなら宿泊料がいるぜ」  先頭に立ち、大きな片刃の刀を持った男が言う。  ざんばらな緋色の髪を白い鉢巻きで邪魔にならないように止め、赤く大きな鋭い目で見つめる。顔のパーツはどれもはっきりと大きく、明るく野性的な、どこか子供っぽさも感じるワイルドな男だった。  ただ、身長や体格はグリフィスのそれに匹敵する。長身で、前を開け放った服から見える胸板や腹筋は鍛え上げられて発達している。そこらの兵では、きっと太刀打ちできないだろう。 「さぁ、金目の物を出しな」  緋色の髪の男が声のトーンを一つ落として凄んでみせる。それにユリエルは笑みを浮かべて一歩前に出て、とても優雅に一礼した。 「初めまして、盗賊のお頭さん。私がここの座長をしております、ユーナと申します」 「え? おっ、おう。ファルハードだ」  何故かこの状況で突然自己紹介状態になる二人。これに、ユリエル側の兵達はキョトンとしている。まぁ、さすがに握手はしなかった。 「ファルハードさん、見ての通り私たちは貧乏芸人。差し上げられる物など持ち合わせてはおりません」 「嘘を言え! お前のしているその首飾りはなんだ!」  外野から起こった声に、ユリエルは胸元を飾る首飾りを手にする。  それは、旅人のお守りだった。旅の無事を祈願し、もしもの時は迷わず神の身元へ行けるようにと祈ったもの。純度の低い翡翠が、炎の明かりに照らされている。 「これは旅人のお守りです。大した価値もございませんし、渡すわけにはまいりません」 「そんな事知ったことか!」  勢いよく啖呵を切った下っ端は、だがファルハードの拳骨を頭に食らって沈み込んだ。 「馬鹿、お守りは大事だろ! なんかあった時に神さんの所に行けなかったらどうすんだ!」 「へっ、へい! すいやせん!」  とっ、まるでコントのような事が目の前で繰り広げられる。緊張感などなくなって、ユリエルは思わず笑った。  どうやら、根っからの悪人ではないようだ。ユリエルは微笑み、そしてふと思いついた案を実行に移そうかと、口元に艶やかな笑みを浮かべた。 「ファルハードさん、ただで見逃してもらおうとは思いません。どうでしょう、私と一つ戦ってみませんか?」 「戦う?」  この言葉に、ファルハードは流石に眉を上げた。口元には引きつった笑みを浮かべている。 「おいおい、お嬢さん。あんまり男を見下すもんじゃないぜ。これでも俺はここいらの盗賊の中じゃ一番だ。怪我じゃすまないぜ。何より俺は、女と子供と老人には手を上げない主義だ」 「そうなのですか? 随分と腰抜けですね」  挑戦的な言葉に、ファルハードは明らかに苛立った様子を見せる。どうやら気が短く、プライドが高いらしい。 「これでも長旅をする身。それなりの護身術は心得ていますし、切り抜けてきました。どうでしょう? 貴方が勝てば私の身を自由にして構いません。そのかわり、私が勝てば貴方の身柄を好きにする」 「ユーナ姐さん」  これには流石に、レヴィンが諌めるような声をかける。瞳も厳しいものだ。おそらく、案じているのだろう。意外と忠義者だ。  だがユリエルは有無を言わせなかった。文句を言いたげなレヴィンを制し、馬車の荷台から自分の剣を持ってくる。女性物のドレスに剣帯という、なんとも妙な恰好だが、それに剣がかかると様になった。 「本気かよ」 「えぇ、当然」 「…分かった! あんたみたいな度胸のある女、俺は結構好きだ。俺が負けたら俺の身柄は好きにしていい。その代り、あんたが負けたら俺の女だ」 「お頭!」  これには盗賊の方がどよめいた。案外、人望のある頭らしく、仲間はみな不安そうな顔をしている。  だが、当人たちは既にやる気。もう、外野が何を言っても止まる気配がなかった。

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