31 / 178

第31話 誇り高き血族(4)

 ゆっくりと、気配や気迫が濃密になっていく。緊張感が満ちて、僅かな音や動きもわかるようだ。ユリエルも、ファルハードも互いから目を離さない。  再び雲が、月を隠した。 「!」  ユリエルは一瞬、彼が消えたように見えた。気配だけを頼りに胸の前に剣を立てると、重い斬撃がぶつかって高い音がした。ファルハードが低い姿勢から切り上げたのだ。その動きはまるで、野性の獣のように俊敏で強い。 「へぇ、受け止められるとはな」  ニッと野性的な笑みを浮かべるファルハードを押し返し、ユリエルもまた笑った。  これは少々、本気にならなくてはいけない。予想以上に彼は強い。大事の前に怪我などすれば、今後に関わる。  ユリエルは剣を軽く前に構えた。そこに無駄な力など入っていない。一度間合いを開けたファルハードは再び、強い斬撃をみまった。  一合、二合と剣が合わさる。月明かりの下、二人は決して引けを取らない戦いをした。  ユリエルの剣はまるで、川を流れる木の葉のようだった。ひらりひらりと斬撃をかわす。  それに対するファルハードの剣は力とスピードがある。ある意味力技だ。彼の持つ刀も、重みを乗せて斬るタイプのもの。だが、恵まれた体躯とスピードには似合いの武器だった。 「畜生!」  動きを捉えられない焦りに、ファルハードは徐々に懐深くへと踏み込んでいく。それでも、ユリエルは右へ左へと身をかわし、逆にファルハードの懐を危うくした。 「くっ!」  ファルハードは深く踏み込み、ユリエルの首を狙った。だがそれも、緩やかな動きでかわす。表情に焦りが出て、肌に汗が浮かぶ。動きが激しく武器が重いぶんだけ、ファルハードの方が体力の消耗は激しい。  ユリエルは待っていた。やりづらい相手との戦いでファルハードが消耗し、間合いを詰めるのを。深く踏み込んでくるのを。  ファルハードが深く踏み込む。ユリエルはファルハードの刀の背を滑るように一回転し、ふわりと彼の背後に立つ。流れ過ぎる木の葉のように。そしてピタリと、その首筋に剣を突きつけた。 「…参った」  ファルハードは素直に刀を落とし、両手を上げた。素直な降伏の姿勢に、ユリエルもホッとする。これで抵抗されれば、さすがに傷つけることになるからだ。 「私の勝ちです。約束、忘れてはいませんね?」  ファルハードの視線が、一瞬仲間達に向く。まるで葬式のような顔をした仲間達を見て、その後はフッと力の抜けた笑みを浮かべる。 「男に二言はない。俺の身柄、好きにしろ。どうせこんなこと、長くは続けられないとは思ってた。罪の清算ってやつ? そういうの、ばっくれるわけにはいかないでしょ」 「意外ですね。ちょっと見直しました」  素直にそう述べたユリエルは、満足に笑みを浮かべた。予想外の出来事だが、案外いいものを見つけたのかもしれない。そんな、思わぬ宝を見つけた気分だ。  ユリエルは剣を一旦ファルハードから引く。そして、この様子を黙って見ていたレヴィンに視線を向け、手招く。 「レヴィン、手伝いなさい」  突然の指名に驚いた様子で自分を指さすレヴィンに、ユリエルは頷く。のんびりと近づいたレヴィンに向かい、ユリエルは自分の背中を向けた。 「下ろしてくれませんか?」 「え?」 「な!」  一瞬何を言われたのか、レヴィンすら分からない様子だった。そして、それを聞いたファルハードは驚いてこちらを見る。  そんな二人の男を前に、ユリエルは呆れたように溜息をつく。 「レヴィン」 「あぁ、はいはい。この格好だと、本当に一瞬躊躇うよ」 「お前が躊躇ってどうするのです」  男である事を失念していたようなレヴィンの言いように、ユリエルは溜息をつく。まったく、何をバカなことを言っているのか。 「お、俺はみないぞ!」  もう一人のアホが叫ぶように言う。でかい図体で「俺の女に」なんて言っていたというのに、随分と初心な事を言う。真っ赤になって、何を恥じらっているのやら。  背中を締め付ける感じがなくなった。まったく、女性というのはよくもこんな窮屈な恰好ができるものだ。胸が詰まりそうだ。  服の上半身を脱ぐと、それを見ていた他の盗賊たちがざわめく。まぁ、予想できる反応だ。だが肝心のファルハードだけは頑なに拒み、手で目を覆っている。  ユリエルは溜息をつき、剣の先でほんの少し服の端を引っ掛けた。 「んぎゃあ! 切れた!」  剣の切っ先がファルハードの衣服を僅かに切る。それに思わず叫び手をどけたファルハードの目がユリエルを捕え、同時にその体を見て、目を丸くし、口をパクパクとし、次には目を白黒させた。 「え? おと、こ…だ? …はぁぁ?!」  ファルハードの絶叫が夜闇に木霊する。彼の目の前にあるのは紛れもなく男の体だ。それでも顔を見ると美女にみえるのだろう。ない頭がパニックになっているようだ。 「うわぁ、詐欺だ!」 「誰が詐欺です。いい加減にしないとその舌引っこ抜きますよ」  もうすっかり呆れかえったユリエルは溜息をつく。そして、改めて名乗りを上げた。 「ユリエル・ハーディングです。シャスタ族の族長さん」 「ユリエル…!」  その名に、ファルハードは途端に殺気立った。それは彼だけに限らない。周囲にいた者もまた、怒気と殺気を持ってユリエルを見ていた。

ともだちにシェアしよう!