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第32話 誇り高き血族(5)

「お前が、親父を殺したのか」  押し殺した低い声は、これまでのどの声よりも凄味がきいていた。だがそれに臆するようなユリエルではない。どこまでも不敵な表情のままだった。 「えぇ。仇というならば間違いなく、私ですよ」 「てめぇ!」 「私に手を上げることが何を意味するか、まだ分からないのですか?」  その言葉に、ファルハードは押し黙った。  彼は知っているだろう。ユリエルにとってたったこれだけの人間を皆殺しにすることが、いかに簡単かを。過去、そのような光景を目にしたのだから。  それでも感情は強く反発するのか、強く噛みしめた歯茎から血が出そうなほどだ。睨み付けるその瞳は、復讐にギラギラと光っている。 「さぁ、どうしますか? 私は貴方も、貴方の仲間も殺すつもりはありません。ですが、貴方の身柄は私が預かっている。このまま、私に従ってはくれませんか?」 「何を要求するつもりだ」 「貴方達を、私の傘下に置きたい」 「俺だけじゃなく、仲間まで巻き込もうってのか!」  ファルハードの声が大きくなり、怒気が更に増す。周囲もざわめく。ただ、ユリエルは譲る気はなかった。 「貴方が抜ければ、彼らは支柱を失う。そうなれば、後は散り散りになりますよ。貴方にとっても、それは避けたい事ではありませんか?」 「てめぇ…」 「どうします?」  ファルハードは大いに悩んでいる様子で押し黙る。だが、やがて静かにユリエルを見据えた。とても静かな、覚悟の目だった。 「俺だけなら、従う。けれど、仲間はこの賭けに関係ない。俺だけで諦めろ」 「お頭!」  歯ぎしりするほどの悔しさを殺して、ファルハードは言葉を振り絞った。ユリエルの恐ろしさを知る身としては、これが最良だっただろう。  だが、仲間はそれに反発するように声を上げる。中には男泣きする者もいた。許されれば駆け寄ってオイオイ泣くだろう。 「うわぁ、俺達物凄く悪者だよ」 「まぁ、実際悪者ですからね」  言いながら、ユリエルはファルハードに近づく。そして、睨み上げる瞳を見下ろした。 「いいのですね?」 「あぁ、いいさ。あんたに負けたのは腹が立つが、これが頭の役目ってもんだ。親父だって、そうしただろ」 「えぇ、立派な最期でしたよ」  柔らかな声で言うと、ファルハードは子供っぽい嬉しそうな笑みを浮かべる。父を自慢する、子供のような邪気のない笑みだ。  だがその時、不意に周囲を囲う盗賊の壁が割れ、そこから一人の青年が前に出てきた。  綺麗な黒髪に黒い瞳をした、比較的細い、見目のいい青年だった。彼らの中では品があり、凛とした表情でユリエルとファルハードを見る。そしてスッと進み出て、丁寧にユリエルの前に膝を折った。 「シャスタ族の参謀をしております、アルクースと申します。ユリエル様、どうか我ら一族を、貴方の傘下に」 「おい、アルクース!」 「お黙りよ、アホ頭。今の状況分かってるわけ? 俺達はお頭だからついてきたんだ。お頭がいなければ、皆ここまでやれていなかった。それが今更かっこつけて、一人で全部背負い込んだつもり? それでさようならなんて、無責任もいいところだよ」  見た目のわりに子供のような口調でなじるアルクースが、改めてユリエルを見る。その目にはファルハードと同じ憎しみも見える。  だがそれ以上に、守るべきものを守ろうという強い意志が見えた。 「殿下もご存じのように、我々シャスタ族は貴方によって故郷を追われました。恨みに思うなという方が無理です。ですが現在、この人を欠いては我々はバラバラになってしまう。この人だけを連れていかれるわけにはいかないのです。召し抱えるというならば一族もろともに、お願いいたします」 「それは私としても願ってもない話です。元より私はここにいる者に害を加えるつもりはありません。ただ、協力してもらいたいのです。この国を、取り戻すために」 「やっぱダメだ、アルクース! 戦争に巻き込もうってんだぞ!」 「だから黙りなよ、交渉ができない。殿下だって、国の為に戦う者に何の温情も与えないような情の無い人ではないさ。そうですよね、殿下?」  とてもにっこりと、幼げに笑うアルクースはそれ以上に腹黒そうだ。だが、感情で動かず利を求める人間とは交渉ができる。望みの対価で契約が結べるし、協力もしやすい。 「何を望みますか?」 「安住の地が欲しい。俺達は五年前の反乱時に、混乱に紛れてこの国に入り込んだから土地を持てない。逃げてきた老人や女性、子供が安心して住める場所が欲しいんだ」 「今はどうしているのです?」 「森の中に隠れ家を作って、そこで生活している。でも、追手がかかりそうになると移動してるから、生活は安定しない。小さくても土地があれば、家畜を飼ったり畑を作ったりできる。そうなれば、俺達だってこんな生活好んでしないよ」  真っ直ぐに見つめるアルクースの言葉に、嘘はないのだろう。それに、さっきまで盛んにしていた怒号が消えている。周囲を囲む者も、俯いて拳を握っていた。 「いいでしょう。私が王となった時に、その約束を必ず守ります」 「では…」 「加えてもう一つ付けましょう。もしも貴方達に何かあった時には、貴方達の里にいる老人や女性、子供たちは私が面倒をみます。必ず」 「それは!」  アルクースが縋るような目でユリエルを見る。おそらく、願ってもない話なのだろう。  彼らには後ろ盾がないのだから、そこにユリエルが立つとなれば心が揺れる。それでも次には冷静な表情をするあたり、このアルクースという青年は賢い。 「確かにそれは有難い事ですが、殿下のメリットは?」 「貴方達を召し抱えることは、公にしたくないのです。そうですね…盗賊というとやはり聞こえがよくありませんので、傭兵団として戦える者を抱えます。その対価として、私は貴方達の保護と給金、そして王となった時には土地を与える。これで、手を打ちませんか?」 「…お頭」  アルクースは頼りない目でファルハードを見る。ファルハードもまた、困った顔をしていた。だが、声は周囲の仲間達から上がった。 「乗りやしょうよ、お頭!」 「そうだ! これで女房も子供も安心して暮らせる!」 「迷う事なんざねぇや!」  戸惑うように周囲を見回すファルハードは、それでも踏み切れない様子でユリエルと、仲間を見ている。その服の裾を引いたアルクースが、真っ直ぐにファルハードを見て頷いた。 「信じていいよ。この人の魂は高潔で清廉だ。時間はかかるかもしれない。でも、約束を無かったことにするようなことはしない。そんな人ではないよ」 「アルクース…」  改めて、ユリエルを見るファルハードの視線を、ユリエルは真っ直ぐに見た。しばしそうした後、ファルハードは一つ頷き、ドンと胸を叩いた。 「分かった! シャスタ族、族長ファルハードはあんたに従う。思う存分、使ってくれ!」  胡坐をかいたまま地に両の拳をつき、ファルハードは頭を下げる。それに習って、周囲の者も地に膝をついた。  こうして、ユリエルは新たな戦力を手に入れることに成功したのであった。

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