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第33話 北の異民族(1)

【ユリエル】  とりあえず事態は落ち着き、今はファルハードとアルクースの二人だけがユリエルの傍にいる。今後の話をするためだった。  しっかりとドレスを着直したユリエルはどこから見ても女性にしか見えず、ファルハードはしきりに「詐欺だ」と繰り返している。 「それで? ユーナ姐さんは彼らにどんな酷い事をしたのかな? 正直、戦わなきゃいけないかとハラハラしたよ」  何の気なしに話しを振ったレヴィンは、手に愛用のリュートを持って言う。遊ぶように弦を弾く音を聞きながら、ユリエルは苦笑した。 「お前、五年前の反乱を知らないのですか?」 「その頃俺、まだ軍に入ってないからね」  それでも国を揺るがすような大騒動だったのだから、知っていておかしくはないだろうに。興味がなかったのか、レヴィンは本当に知らないようだった。 「五年前、北の平原地帯には彼等シャスタ族が暮らしていました。放牧などを主とする一族で、これまで一度も争いがなく、穏やかな関係でした。それが突然、反乱を起こしたのです」  その当時、城は大騒動となった。戦わなかったというだけで、シャスタ族は勇猛な部族。その者達が攻めてくるとなり、王も臣も過剰に反応したのだ。 「時間をかけて攻略となれば、双方の被害は大きくなりかねない。討伐を言いつかった私とグリフィスは、短期戦を目指しました」 「んで、俺達はたった四時間で鎮圧。族長だった親父や、戦った戦士は皆死んだ」  黙って聞いていたファルハードが、悔しそうに口を挟む。だが、そこにはもう怒りはない。あるのは悲しさだけに見えた。 「あの年、作物が不作で食べるに困ったんだよ。家畜も痩せて死んで、これじゃあ飢えて死んでしまう。だから、族長たちは攻め込むことを決めたんだ」  アルクースもまた、静かに沈んだ声で言った。  これはユリエルも、戦いが終わった後で知った。何故もう少し平和に解決しようとしなかったのか問うと、族長は笑って答えなかった。ただ一言「これが誇りだ」と。 「戦えない者と若い戦士は、事前にその場を離れていた。だから俺達は混乱に紛れてこの国に入れた。おかげで生き延びたが、楽じゃないさ」  これが、正直なところなのだろう。ファルハードも頭の血が下がれば冷静に判断ができる。そして、頼りない目をユリエルへ向けた。 「親父の最後は、立派だったか?」 「捕えられても堂々としていましたよ。そして、真っ先に処刑されることを望み、叶えました。それが族長としての誇りだと言うので」 「仲間を差し置いて長は生きるべからず。誰よりも先に戦い、誰よりも多くの敵を倒し、仲間を守って死ぬが良し。そういう一族だ」  ユリエルは頷いた。 「ユリエル様、一つ聞いてもいいかな?」  黙って聞いていたアルクースが、頼りない表情で問いかける。それに視線を向けたユリエルは、静かに頷いた。 「予言者のじっちゃんがいたと思うけれど、その人はどうなった?」  ひどく頼りないアルクースは、聞く事を恐れてすらいる様子だった。握った手が僅かに震えている。ユリエルは静かに微笑み、口を開いた。 「貴方は、あの人の後継者ですね」 「…なんで?」 「額に、白い太陽の印がありますから。予言者がその力を認めた後継者にのみ刻む刺青だと聞いています。ファルハードは、鷹の加護を受けているのですね」 「どうしてそれを!」 「予言者の老人との時間は、私にとって有意義な時間でした」  ユリエルの穏やかな語り口だけで、アルクースは安堵したようだった。少なくとも酷い扱いを受けたのではないと、分かったのだろう。 「あの、じっちゃんは?」 「残念ですが、二年前に亡くなりました。穏やかな最後でしたよ」  その言葉に、一気にアルクースは沈み込んだ。 「私はあの老人から、沢山の事を学びました。精霊や森のこと、魂について。そうした話を楽しみに、休みの度に私が通うものだから随分と笑われてしまいました」 「じっちゃんは優しいんだ。孤児の俺を、引き取って育ててくれたんだ」  昔を懐かしむような瞳で、アルクースは言う。そしてしばらく、無言となった。 「死後は、どうしたのですか?」 「教えられたとおりにしました。香油と綺麗な水で体を清め、花と木の実を添えて焼き、残った骨は北の森に散骨しました」 「そっか…」  安堵したような表情を浮かべるアルクースの瞳から、一筋だけ涙が落ちた。 「珍しい葬儀の仕方なんだね」 「そうか? 身を清めて罪を洗い、花と木の実を捧げて飢えを癒し、森に戻す事で大地と空へ帰るんだぜ」 「儀式には意味があるものですよ、レヴィン」  僅かに笑って言うと、レヴィンは嫌な顔をした。まぁ、ユリエルも気持ちはわからないではない。国の儀式となると必要以上に華美で、時間もかかるし堅苦しい。嫌に思う者は少なくない。 「さて、これからの話をしましょうか」  ある程度場が馴染み、ユリエルは気を引き締めた。それに、残っている全員が厳しい顔に戻ったのである。

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