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第34話 北の異民族(2)
場が引き締まる。その中で真っ先に口を開いたのは、意外にもファルハードだった。
「けどよ、こっから先となると港だろ? 何があるってんだ?」
相変わらず胡坐をかいてどっかりと座っているファルハードが、行儀悪く肘をついて言う。それに、ユリエルは笑みを浮かべて頷いた。
「その港に、用があるのですよ」
「ってーと?」
「そこに居る海賊に、用事があるのです」
「もしかして、俺達にしたのと同じことをするつもりじゃないよね、殿下?」
目を丸くして問うアルクースに、ユリエルは妖艶な笑みで「えぇ」とだけ答えた。だが、返ってきたアルクースの瞳はとても厳しいものだった。
「まさか、戦力これだけなんて言わないよね?」
「これだけですよ」
「無謀すぎる! あちらは武装中型船だよ! しかも、船団だって噂だ!」
声を荒げて無謀さを訴えるアルクースに、ユリエルの方が目を丸くする。意外なところから情報が出てきたからだ。
「何か知っているのですか?」
「…襲う相手は大抵商人だからね、話しは聞いてる。相手は二隻からなる武装中型船団。最初に先鋒が接舷して、船を占拠。その後から来る船は荷を積みこむ用っぽい。大型船を襲う時は、先に砲撃戦を仕掛ける事もあるみたいだよ」
「これはまた…いい情報を貰いました」
「まさか本当に、これだけの人数で挑むつもりなの? 無謀もいいところだよ」
「少数精鋭ってやつかな? 俺も姐さんも強いよ」
「数の優位はそう簡単に覆らないよ」
落胆したようにがっくりと肩を落とすアルクースは、次にキッとファルハードを睨む。その視線にビクッとなったファルハードにビシッと指を突きつけて、アルクースは厳しい声を上げた。
「お頭はここに残って。この人達には俺がついていく」
「え、だってお前…」
「冷静に状況判断できる人間じゃないと邪魔。その点、お頭は無理。短気で短慮なんだから、絶対に迷惑かける」
「お前、そんな言い方…」
「だって、本当じゃないか」
そこまで言われると反論の余地がないらしい。ファルハードは数回口をパクパクさせたが、次には諦めたように項垂れた。
「誰が頭か分からない二人だね」
「ファルハードの人柄が大事なのですよ。どんなに欠点のある人間でも、妙に人を引き付ける者はいるものです。そういう者が上に立つほうが、組織はまとまるのかもしれません」
笑いながら話す二人は、それが円満な組織図だと妙に納得した。
「アルクース、ついてきてくれますか?」
「いいよ。でも、お頭はここに置いていってもらう」
「そのつもりです。こちらからも一人、ファルハードに同行させます。誰か…」
ついてきた仲間を見回すと、一番若い給仕をしていた兵が手を上げる。少し恥ずかしそうだが、手を上げた事には躊躇いがない様子だった。
「僕が残ります。この中では一番実力が足りませんし、足手まといになりたくはありません」
「足手まといだとは思っていませんよ」
「いいえ、僕はまだ力不足です。だから今は、ここに残ります」
そこは揺らぎがないらしい。ユリエルはしばし考えて頷いた。
「それでは、貴方には違う仕事をお願いします。シャスタ族の所に行って、人数と現状を調べておいてください。彼らの求めるものも、現状の問題なども感じたままに伝えてください。お願いします」
「はい、お任せください」
「んじゃ、俺はこれで帰ってよさそうだな。無事終わったら寄りな。場所はアルクースが知ってる」
しっかりと礼をした若い兵を率いて、ファルハードは立ち上がる。そして、自分の拳で左の胸をドンと叩き、それをユリエルに差し出す。ユリエルも立ち上がり、同じようにして拳を合わせた。
「天と地の精霊の加護が、御身にあるように」
「有難うございます」
ニッと野性的な笑みを見せ、ファルハードはそのまま去っていく。その背を見送って、ユリエルは笑った。随分と気持ちのいい者を得たことに、満足していた。
「うちのお頭、魅力的でしょ?」
「まったく、気持ちのいい奴ですね。私がじつに卑小に思えます」
「度量の大きさだけで人を束ねているんだろうね、彼」
「否定はしないかな。正直頭は弱いし、勢いと感情が先行する脳筋な人だけどさ。それでも絶対に仲間を裏切らないし、筋は通す。感情のままに泣いたり笑ったり怒ったり。でも、だからこそ放っておけないし、ついて行こうと思えるんだよ」
とても誇らしげにアルクースは言う。その表情からは、本当にファルハードに対する信頼が見えた。
それに対して、ユリエルは苦笑する。正直、ファルハードのような人心の集め方はユリエルにはできない。感情のままに振る舞う事も。それほど直情的な人間にはなれない。
人間性のみで人を引き付けることはできないが、それを羨んではいない。ユリエルにはユリエルの方法がある。そしてその方法を、ユリエルは熟知していた。
「さて、随分夜更かしをしてしまいました。今日はもう休みましょう。明日からまた、忙しくなりますよ」
ユリエルの言葉で、その場は落ち着きを取り戻していく。だがその心は皆、沢山の思いで複雑だった。
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