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第35話 海辺の再会

【ルーカス】  ユリエル達が出発した翌早朝、ルーカスは部下を半置き去りにして馬を走らせていた。その表情には苦々しい色が浮かんでいる。  やられた。ルーカスは出し抜かれた事と、部下を一人失った事に舌打ちをする。昨夜、どれ程待っても密偵は来なかった。他の者に探させたが、その行方は知れない。  ユリエルの馬車を追った部隊からは、規模の大きな砦に辿り着いたとの報告があった。だが、その後の動きは特に確認できていない。 「一人は王太子一行を追った部隊に合流、状況を説明しろ。一人はジョシュにキエフ港の守りを固めるように連絡しろ。残りは俺についてマリアンヌ港へと向かう!」  部下にそう伝令をして、ルーカスは馬に乗って飛び出した。  悪い予感がする。旅芸人は港に向かったと、酒場の主人は言っていた。そこに海賊の噂だ。全てを結びつけるには強引な気もするが、ユリエルという人物が手を選ばないなら、結びつく可能性もある。  戸惑う部下を置いて、ルーカスは飛ぶように馬を走らせ、単騎チェリ平原を駆けていった。 ============================== 【ユリエル】  ユリエルはマリアンヌ港に到着し、前もって用意していた屋敷に滞在していた。だがここで、トラブルが起こってしまった。 「明後日には出られるそうだよ、殿下」  港から戻ってきたレヴィンが、船員からの報告をユリエルに伝える。この時すでにユリエルは女装を解き、赤く染めた髪も綺麗に洗い流してバスローブ姿になっていた。 「残念だったね、突然の嵐だなんて」 「まぁ、仕方のないことです。目的を達する前に沈まれたのでは困りますからね。しっかりと点検してもらってください」  ユリエルは軽く笑みを浮かべてレヴィンに言う。だがその心中は、穏やかとは言えなかった。  この間にルルエ側に本当の目的を悟られれば、追いつかれる。目的に気付いていなくても、ここまで追って来られたら邪魔がはいる。  今頃、密偵からの連絡がない事を不審がっているだろう。そうなれば、不審な旅芸人に追手がかかるかもしれない。  不安はある。だがなぜか、心はワクワクと浮き立つ。挑戦的な気持ちもあるのだろう。止められるものならば、止めてみよと。 「大丈夫なの? 船が出る前に見つかったら、相手に先手を打たれるんじゃないの?」  アルクースが当然のように聞いてくる。だが、ユリエルは逆に鋭い笑みを浮かべ、一同を見回した。 「無理矢理にでも押し通すのみですよ。アルクース、腕に自信は?」  挑発的なユリエルの瞳をキョトと見たアルクースは、だが次にはニッと笑みを浮かべ、腰につけている剣の柄を遊んだ。 「これでも盗賊…じゃなくて、傭兵の端くれ。恥じない程度には役立つつもりだよ。試してみる?」 「その必要はないさ。アルの剣はよく手入れされてるけれど、曇ってるしね」  レヴィンの指摘に、アルクースは苦笑した。  アルクースの剣は標準的な両刃の剣だ。装飾も特にない。だが、鞘から抜けば様子が違う。とても丁寧に手入れされているが、その刀身は僅かに曇っている。生き物を斬ると、その脂が刀身を曇らせる。人を斬った事のある証拠だ。 「まぁ、野宿だったのですからゆっくり体を休めておいてください。焦っても船の準備ができなければ、出港はできません。今は体力を温存する事にしましょう」  ユリエルの言葉に皆が頷いて、それぞれの部屋へと引っ込む。  ユリエルは窓から外を見た。この屋敷は海の傍にあり、そこから夜の海がよく見える。空には月が、海にも月が、二つの明かりが照らしている。水面の月はゆらゆらと、海を飾っている。 「エトワール、貴方は今頃どこにいるのでしょうね」  綺麗な月の夜に出会った彼は、一体どこにいるのだろうか。ユリエルは思って月を見ていた。  今はどこを旅しているのか。まさか、嵐になど巻き込まれてはいないだろうか。不意に心配になった。 「まぁ、彼ならば」  大丈夫だろう。鍛えられた体をしていた。何かあっても、一人で対処できるだろう。そういう人だと思える。トラブルくらい回避できるだろう。  願わくば、もう一度会いたい。別れた時からそのように思っていた。月の綺麗な夜はよく思い出し、その度に心が温かくなる。寄り添っている事を心地よいと思った相手は、彼が初めてだ。  身分や姿を偽っていなければ。出会った場所が安全な場所であったならば、もう少し長く彼の傍にいて、言葉を交わしていたかった。  そんな事を思いながら、ユリエルは早めに床に就いた。そして、温かな思いを胸に眠りにつくのだった。

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