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第42話 海の覇者(1)
【ルーカス】
翌日、ルーカスは泊まっている宿で部下からの報告を聞いていた。
「それらしい人物の乗った船は、見当たりません」
「船員に話しを聞いてみましたが、旅芸人の話はありません」
「軍船も停泊していますが、出港の兆しはありません」
やはり、探れる情報には限りがある。ここは敵地、権威を振りかざすわけにはゆかない。大軍であれば町を占拠するが、今は少数。なにより、あまり戦いを広める事は今後タニスという国との間に悪影響がある。
「何隻かの商船が出港しましたが、探している人物は見つかりません。宿なども巡ってみましたが」
「変装していたのだろうから、解かれると分からないか…」
それでも目立つだろうと思っていたが、どうやら上手く出し抜かれたようだ。溜息をつき、次の行動を考えていると、不意に扉がノックされ、一人の部下が駆け込んできた。
「どうした」
「ジョシュ将軍からの手紙です」
受け取った手紙を読んだルーカスは、更に険しい顔をする。それは、戦況に動きがあった事を伝えるものだった。
「陛下?」
「タニス王都に戻る。砦に動きがあった。出兵の兆しがみられるそうだ」
ルーカスは早々に踵を返す。それに、部下達も慌ててついて行くより他になかった。
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【ユリエル】
ユリエルと他五名を乗せた商船は、何の妨害もなく出港した。
「それにしても、荷物と一緒に木箱に押し込まれるなんて。刺激的すぎはしないかい?」
この方法に最後まで抵抗したレヴィンが、恨みがましく言ってくる。彼は自慢の赤髪についた緩衝材の藁を取りながら、物凄く不満な顔をする。
だが一方のユリエルはけっこう楽しかったと満足している。ただ良くないのは、昨夜の情事で少々体が痛む事。悟られぬようにしているのは、プライドだった。
「海というのは初めてだけど、意外と気持ちがいいものだね。まさか俺が海に出る日がくるなんて、思ってもみなかったよ」
一つ伸びをして言うのは、生まれて初めて船に乗ったアルクースだった。船酔いもなくピンピンしている。
それに比べて、船底の荷物に潜んでいた他の者はボロボロだ。
「元気だね、アル。俺はもう降りた…う…っ」
青い顔で口元を押さえて、船べりへと急ぐレヴィンのかっこ悪い姿を見たユリエルとアルクースは互いに顔を見合わせた後で笑いだす。結局ここで元気なのは、この二人と船員達だけだった。
「それにしても、この状態で大丈夫ですか? なにやら戦う前から、お味方は総崩れだけど」
「心配はありませんよ。聞けば彼らは無理に奪うわけではないようです。私は交渉し、必要ならば力を示す。私が負けた時には覚悟してもらわなければなりませんが、そうならないうちは大丈夫でしょう」
「自信過剰が過ぎれば、身を亡ぼすんだよ」
アルクースの言葉に、ユリエルは笑う。そして、腰の剣を指で遊んだ。
「過剰なくらいでなければ、王など務まらないものですよ。アルクースは軍師にむいていますね。慎重で狡猾、全体を考えて動く癖がついているようです。広い視野も持っていますし、最低限の力で利益を得ようとするタイプですね」
アルクースが僅かに頬を赤くして、照れたようにそっぽを向く。どうやら褒められ慣れていない様子だった。
「軍において、大事なことです。強い者もいれば、弱い者もいる。軍事は常に一番弱い人間でも勝てる方法を取るのが上策です。貴方はそれを見極めようとしている。傭兵にしておくには惜しいかぎりです」
「そう、褒めないでください。何やらむず痒くて居心地が悪いです。俺は、逃げてきた奴等でも上手くやっていける方法を模索していただけだよ」
本当に恥ずかしそうにしているから、それが何だか可愛らしくも思えてユリエルは笑う。それでも、ユリエルは彼への評価を過剰だとは思っていなかった。
「俺は殿下こそ、王族なんて似合わないと思うけど」
「ん?」
まだほんのりと赤みの残るは顔で、アルクースは言う。それを、ユリエルは面白く聞いていた。
「王族っていうのは、城でふんぞり返って大きな顔をして生きている奴等だとばかり思っていた。でも殿下を見てると、それは俺の勝手な先入観だったんだと思える」
アルクースの言いように、ユリエルは苦笑するしかなかった。そして、いかに自分が型破りかを考えさせられた。
「残念ながら、歴代の王族をみてもそのような者が大半ですよ。私はそもそも王族とは名ばかりの軍人です。政治を行う者の大半が、私を拒みましたから。力を持てるとしたら、軍籍以外なかったのです」
「まぁ、分からなくはないかな。俺が政治家でも、殿下に力はつけてもらいたくないって思うよ」
「ほぉ、それは何故です?」
「多分、敵わないから。殿下が力をつけたら、自分じゃ太刀打ちできない。それに、殿下の考えが分からないのも不安かな」
まったく恐れもなく言うアルクースは、海の先を見る。そしてユリエルは短い付き合いにも関わらず、彼にそのように思わせる自分の気性に自嘲した。
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