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第43話 海の覇者(2)

 その時、穏やかな船旅を騒がせる客人が現れた。船尾にいた船員が叫ぶように、敵襲を伝えたのだ。 「来ました、敵襲です! 船は二隻。青に…エンブレムは薔薇! 『バルカロール』です!」  取り乱した言葉が終わるか終わらないかの間に、激しい揺れが船を襲った。  急ぎ船尾に回ってみれば、太い鎖が五本、離れぬように甲板の手すりに絡みついている。それに引っ張られ、転覆を避ける為には止まるより他に方法はなかった。  やがて、接近した船に木の板がかけられ接舷される。ユリエルはそれを堂々と見ていた。はっきり言って、今の戦力はユリエルとアルクースのみ。レヴィンも最悪使えない事はないだろうが、負けるのが目に見えている。  ユリエルはゆったりと相手を待った。その隣で、アルクースも落ち着いている。剣の柄に手はかかるものの、斬りかかるような素振りはない。そして、渡された橋の先頭を歩いてくる青年が目に入った。  短い白髪に、袖の窄まったシャツ。ズボンも裾が窄まっている。青い瞳は澄んだ海のようだ。体は意外と細く、鍛えられている。日焼けした感じもあまりない、繊細な青年だった。 「船の大きさに比べて、人が少ない? これは、どうして?」  どこか拙い言葉で首を傾げる青年は、真っ直ぐにユリエルを見る。ゾロゾロと屈強な海の男達が船に乗り込んでくるが、皆首を傾げてもどってきて、何かを青年に伝えていった。 「荷も、ないの?」  報告を受けた青年は暫く考えた後、ユリエルへと一歩近づいた。 「貴方は誰? これは、僕達をはめる罠なの?」 「殿下、彼は…」  体躯の割に幼い言葉使いは、ちぐはぐで妙な印象がある。まるで中身だけが、幼いまま成長を止めてしまったように。  ユリエルは一歩前に出て、青年をみる。とても真っ直ぐ、逃げる事なく。 「初めまして、海賊『バルカロール』の皆さん。私は、ユリエル・ハーディングと申します」 「…王子様?」  とても丁寧に礼をしたユリエルを、青年は訝しんで見た。その瞳には戸惑いが見られる。眉をしかめ、どうしていいか分からない顔をしている。  その時、背後の海賊たちが道を開けた。そしてそこに、一人の女性が立った。  青年と同じく白い艶やかな髪に、大きな青い瞳の美女は、船に乗るには適さない薄紫のドレスを着ている。そして青年の横にきて、裾を持ち上げて丁寧に礼をした。 「このような場所で、王太子殿下とお会いできるとは驚きです。私の名はフィノーラ。こちらは弟のヴィトと申します。その様子では、私達に用向きがある様子。一国の、場合によっては王となる人が、何用でしょうか?」  彼女の振る舞いは、まるで貴族の子女のようだ。堂々と振る舞い、妖艶に笑う。だがその心は決して読ませはしない。 「貴方達と取引がしたくてきたのですよ、フィノーラさん」 「取引?」  彼女の綺麗な眉が僅かに寄る。そして更に一歩、ユリエルへと近づいた。 「何の取引ですの?」 「噂で、グリオンを探しているとか。そこで、こちらが彼を捕えしだい貴方達に引き渡します。その代り、私の私兵として王都奪還に力を貸してもらいたいのです」  また一つ、フィノーラの眉が上がる。そして、冷たい笑みが返ってきた。 「面白い事をおっしゃいますのね。民を守るべき者が、私達のような賊に民を売るだなんて」 「実は一つ、私もそのグリオンという商人を疑っているのですよ。もしや、売国奴ではないかと」 「それは、どういう意味ですの?」 「奴の商船は、よく荷や船員の数が合わないまま、役人を買収して見逃してもらっていたようです。それが、今回の王都陥落に関わっているのではと、思っています」 「…あいつなら、ありえる話ですわね」  考え込むフィノーラは、それでもユリエルを信じるには足りない様子だった。 「それで、奴が貴方の疑い通りの男だった時には、私達で私刑にしてもよろしいと?」 「構いませんよ。おそらく叩けばいくらでも埃が出ます。何より、貴方にそれほどまでに恨まれることをしているのは確か。それが罪に問えるなら、私はやはり同じく貴方達に処遇をお任せします」  フィノーラは深く考え込む表情をしている。だが、そんな彼女を背後に庇うようにして、隣のヴィトが前に出た。 「姉上、乗りきしないなら受けなくていい。僕が、あの男を姉上の前に引きずり出す」 「ヴィト…」  さっきまでの頼りなさが消え、堂々とした言葉が返ってくる。ヴィトはそのまま一歩前に庇い出て、ユリエルを睨み付けた。 「あいつは僕達の仇。それに、横槍なんていれないで。これ以上姉上を悩ませるなら、僕が相手になる」 「ヴィト、止めなさい! 下手に相手などして、万が一があっては大変なのよ! この人に傷でもつけてごらんなさい、国が私達を本気で殲滅しにくるわ!」  フィノーラは慌てて止める。だが、ヴィトはそれでも止まろうとはしなかった。 「平気、姉上。こいつを殺して、他も殺して沈めれば、誰がやったかなんてわからない」 「そんな簡単な事ではないわ! 必ず行き先も、相手も誰かに言ってある。そうなれば同じよ!」  フィノーラはヴィトの腕を掴んで止めた。それでようやく、ヴィトも大人しく下がった。 「殿下、あまり軽々しい問題ではありませんわ。ここに居る者は皆、あの男を恨みに思う者です。それは、殿下の申しでは嬉しい限りです。ですが、私的な恨みで仲間の全てを危険に晒す決断は、私にはできません。一度船に戻り、話しをしてもよろしいかしら?」 「えぇ、構いませんよ。急ぐつもりはありませんから」  頷いて了承したユリエルに頭を下げ、フィノーラは納得いかないヴィトを連れて自らの船へと戻っていった。

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