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第46話 海の覇者(5)

 ユリエル達が最初に乗っていた船は、そのまま数日周辺を巡り、マリアンヌ港へ戻ってくる予定だ。そしてユリエルが乗り込んだバルカロールの船は一路、マリアンヌ港の端にある船着き場を目指している。  レヴィンは青い顔のまま、ユリエルの傷を甲板に腰を下ろして診ていた。幸いどれも傷は浅い。出血は派手にしていたが、今は止まっている。 「そんなに心配はありませんよ。よく見ていれば、派手に出血はしても深い傷にはなりません」 「一つずつは浅くたって、数が多ければそれだけ出血が多くなって体力削られるでしょうが。まったく、王族がこんなに無茶で無謀だとは思わなかったよ」  恨み言を並べながらも、レヴィンの治療はとても的確だった。綺麗な水で傷を洗い、少し度数の高い酒で消毒する。そこに膏薬を塗りこみ、綺麗な布を当ててから包帯で巻いた。その手際があまりに良かったので、ユリエルは感心して見ていた。 「さぁ、これでいい。まったく、グリフィス将軍になんて言うんだい? さすがに帰り着くまでに傷跡が消えたりはしないよ」 「多少は怒られますよ。そもそも、こんな強行軍を行った時点であれの怒りは覚悟済みです。一時間程度は、我慢して聞くことにします」  苦笑したユリエルは礼を言って立ち上がる。ちょうど、フィノーラとヴィトの二人が近づいてきていた。 「治療は済みまして?」 「えぇ」 「では、私たちの部屋へ案内いたしますわ。少し、話しがありますので」 「俺はここから動けないから、アルクース連れていきなよ、殿下」  再び船酔いが襲ったのか、レヴィンは甲板の涼しい場所へと移動していく。その背を見送ったフィノーラは、おかしそうに笑った。 「苦しみますわね、あの方」 「僕も、苦しかった。胃が出るんじゃないかってくらい吐いて、慣れるしかない」 「殿下ともうお一方は強いのね。慣れぬ白鯨戦であれだけ動けるなんて、恐ろしい方ですわ」  褒められているのだろうが、あまり嬉しくはない。曖昧に笑ってごまかして、ユリエルはアルクースを連れて船内にある一室へと入った。  小奇麗にされた部屋は居心地がいい。そこに腰を下ろしたユリエルを、フィノーラは見つめる。そして、物悲しい顔をした。 「私の名は、フィノーラ・マコーリー。噂くらいは、お聞きになっているのではないかしら」 「えぇ、聞いています。ですが、一家はみな…」  そこで言葉を切った。あまりに二人が痛そうな顔をしたから、続く言葉を飲みこまざるをえなかった。 「五年と少し前の深夜、私の両親はグリオンによって殺されました。そして、それを知った使用人たちも。グリオンは収益を着服し、それを父に咎められ、解雇される寸前だったのです」  フィノーラが語る事件の真相は、予想よりも酷いものだった。 「あの男は事前に両親を殺し、使用人たちを捕え、財貨を運び出しました。私とヴィトは異変に気付いて隠れましたが、家に火を放たれ、必死に屋敷を脱出したのです」  そういうと、フィノーラはおもむろに自身のドレスの裾を持ち上げる。  白いスラリとした足がユリエル達の前に晒される。だがその右足には、消える事のない酷い火傷の痕が今も痛々しく残っていた。 「私は足を悪くし、ヴィトに担がれるように逃げました。ですがグリオンに見つかり、捕えられ、奴隷船に乗せられたのです」 「奴隷はわが国では違法です。取引など…」 「表向きはそうですが、腐敗が進んでいたのです。十代の子供を浚うか、買うかして船に乗せ、他国へと売りさばく。そうした闇の商人は存在いたします」  ユリエルは頭が痛くなるほどに奥歯を噛みしめる。手を強く握ったものだから、先の傷が開いて再び血が滲み出た。 「私達の乗った船はたまたま、船長が怠惰で部下の扱いが悪かった。それに、十代の子供ばかりなのを良いことに管理が甘かったわ。なので、部下の中でも一番不遇な人を見つけて、船長が寝た後でこっそりと鍵を開けてもらったのよ。そうして船長を殺して、武器庫も抑えて、私達は難を逃れた。この船は、その時に奪い取った船ですわ」  アルクースは思わず立ち上がり、床面を見た。そして端の床板が僅かに黒ずんでいるのを見て、顔色を悪くした。 「全ての奴隷船に、グリオンが関わっているのですか?」 「全てではないわ。でも、そういう人も多いのは事実よ。だからこそ、私達の目的はただ一つ。あの男を殺し、長年の恨みを晴らすことよ」  ユリエルは黙り込む。事実の大きさに打ちのめされたわけではない。違法な商人を野放しにしていた事、それを易々とやっていた人間の存在に怒りを覚えたのだ。 「ユリエル殿下、これが終わらねば私達は次へ進むことができません。どうか、あの男を捕えた暁には私達へお引渡しくださいませ」 「えぇ、構いません。その話を聞いて、私も心置きなくあの男を売り渡す決心がつきました。公的に裁ける材料があって、よかった」  ニヤリと笑ったユリエルの冴え冴えとした笑みに、フィノーラとヴィトは顔を見合わせ、体を震わせた。 「私は約束を守ります。多少時間はかかるかもしれませんが、確実に果たします。ですので、どうか力を貸してください。まずはこの手に、国を取り戻す必要があります」  二人は顔を見合わせる。そして、困った顔で笑って頷いた。

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