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第47話 役者揃う(1)

【ユリエル】  フィノーラには、マリアンヌ港の屋敷にしばらく住んでもらう事になり、ユリエルは翌日ヴィトを連れて聖ローレンス砦へと戻る事になった。  途中シャスタ族の所に立ち寄ったユリエルは、思ったよりも穏やかな人々の様子に安堵した。 「よぉ、殿下。そっちの用事は無事に終わったか?」  アルクースに連れられてきたユリエルに向かい、ファルハードは豪快な笑みを浮かべる。傍にはあの若い兵がいて、同じように穏やかに迎えてくれた。 「意外と、穏やかなのですね」 「まぁな。話は済んでる、今日はここに泊まってけ。もう日が暮れるからな」 「シャスタ族の移動式住居は、案外快適だよ。野宿よりは休まるし」  ファルハードとアルクースに招かれて、ユリエル達はその夜を彼らと共に過ごす事にした。  シャスタ族の若者は遊牧の旅もするらしく、彼らの移動式住居は確かに快適だった。招かれたファルハードの住居は大きめで、下に敷いたラグは温かく柔らかだ。  酒と肉を焼いたもの、野菜のスープを振る舞われ、ユリエルはヴィトの紹介と、あった事をファルハードに話していた。 「なんか、大変だったんだな。にしても、殿下は少し無茶がすぎねーか?」 「でしょ? 俺もそう思うよ。今になってグリフィス将軍の苦労が分かる。殿下、こんな事続けると将軍がハゲるよ」 「あれが少し心配しすぎるだけですよ。私も二五ですよ、子供ではありません」 「立場があると、姉上が言ってた。部下を大事にするの、上に立つ人の役目」 「ヴィトの方がよほど大人だね、殿下」  皆にこのように言われてはユリエルも立場がない。ふて腐れたような顔をするが、反論はしなかった。 「明日には出るだろ? 今回は俺もついていく」 「ここは?」 「俺がいなくたって、数日くらいどうにでもなる。危なかったら移動するように言ってあるし、アルクースがいればどこにいても見つけられる」 「そんな特殊な能力があるのかい?」  レヴィンが疑問そうにアルクースを見る。それに、見られた当人は曖昧に笑みを浮かべた。 「精霊に聞くのさ。俺は預言者、精霊の声を聞く者だからね。仲間の場所くらいは分かる」 「便利。それ、僕にもできる?」 「うーん…難しいかな? そもそもの素質が大事だから」 「そう、残念」  ヴィトがしょんぼりとした顔をする。  付き合ってみると、ヴィトは実に表情の多い青年だった。基本的に、子犬っぽい。通常時の言葉は拙く、表情も幼い。これといって顔のパーツが大きく動くわけではないのだが、何故か感情はとてもよく伝わる不思議な感じがあった。  今も、まるで犬耳がしょんぼりと萎れたように折れた幻視が見えるような気がする。 「当然、俺もついていくよ。お頭だけに任せておいたら、理解もしてないのに頷いて帰ってきそうだから」 「な! アルクース、少しくらい信用しろよ」 「これまでがこれまでだからね、信用ならない。作戦忘れて帰ってこられたら大変だもん」  これにはファルハードも言葉を飲みこむしかない様子で、物言いたげにこらえている。そんな二人を見て、ユリエルとレヴィンは笑った。 「相変わらずなんだね、あの二人は」 「それでバランスが取れているのであれば、平和な事ですよ」  何とも楽しいメンバーが加わり、この日ばかりはユリエルも楽しく酒を飲み、大いに笑い、語らったのだった。  その夜、ユリエルは一人涼もうと寝床を出た。とは言っても、皆が寝ている場所が見える所にいる。夜の風が心地よく、火照った体を冷ましてくれた。  その時、ふと近づく足音が背後でした。しっかりとした歩みだが、ゆっくりと近づいてくる。気配も消していないから、すぐに誰か分かった。 「一人で動くのは危ないと、レヴィンは言っていたよ、殿下」 「少し涼みに出たのですよ。貴方は眠れないのですか、ヴィト」  近づいて頷いたヴィトは、その場に立ったまま困った顔をする。ユリエルは笑って隣へと招き、座るように促した。 「何か、私に話しがあるのではありませんか?」  しばらく同じように風に吹かれていたヴィトを、ユリエルは促す。雰囲気がいつもの頼りないものではなく、年相応の大人びたものになっていた。 「殿下に、お願いがあります。復讐が終わったら、姉上を陸に返してあげたい。手を、貸していただけますか?」  あまりにギャップのある静かな言葉に、ユリエルも多少戸惑う。それでも顔には出さず、ヴィトを見た。 「姉上は本来、海賊なんてできる人じゃない。今は同じ境遇の仲間の為に、無理をしていると思う。復讐が終われば、姉上が船にいる理由はなくなるから、陸に返したい。でも、僕達には何のつてもないから」  複雑な表情でそう告げるヴィトは、少し悔しそうにも見えた。  本来なら、自分達だけでそうしたいのだろう。けれど彼らはその境遇から、陸に頼れる人がいない。女性であるフィノーラを残すとなれば、家の手配ばかりではなく、身辺においても気を回さなければならないのだろう。  ユリエルは穏やかに笑い、一つ確かに頷いた。 「私にできる事であれば、喜んで」 「有難う。その分、僕は頑張って働くから」 「命あっての物種です。無理をして命を落としては、私がフィノーラに恨まれます。危ないと思ったら撤退する事も考えてください」 「うん、わかった。殿下は、優しいね」  邪気の無い子供のような笑みでそんな事を言うものだから、ユリエルは目を丸くした。きっとユリエルを知る者がこれを聞いたら、全員が否定するだろう。 「私は優しくなどありませんよ」 「僕やファルハードみたいな境遇の人にも、気を配ってくれる。死なないでほしいって、言ってくれる。殿下は優しい」 「…調子が狂いますね、お前は」  ふわりと微笑む幼子のような笑みに、ユリエルは困ってしまう。なんと言っていいか、分からなかった。 「優秀な部下を持てば、それだけ私は広い視野と力を得ます。そういう者を大事にするのは、当然ですよ」 「人間だから、利益は考える。それでも、人を大事にしない奴は多い。殿下は身分に関わらず、大事にしようとしてくれる。だから、力になるのが苦じゃない」 「ヴィト、お前はもう少し人の腹を探りなさい。心配になります」  自分より少し長身のヴィトの頭をポンポンと撫でると、心地よさそうに目を細める。意外と懐かれたようだった。 「まぁ、その話はいいでしょう。ヴィト、フィノーラの件は分かりました。ただし、説得はお前たちがするのですよ」 「分かってる。姉上にちゃんと、皆で話をするよ」 「よろしい。それでは、今日はもう寝なさい。明日も夜更かしになりますよ」  言って立ち上がると、ヴィトも一緒に立ち上がる。そして連れだって寝所へと戻っていった。

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